『ウェイワード ストランド』のボイスオーバー作業についての第2回です。第1回はこちらをご覧ください。
Pro Tools
レコーディングの効率性と編集用に分かりやすく整理したセッション形式のバランスに配慮しながら、私たちはPro Toolsセッションを設計しました。
台詞番号は台本からエクスポートされてPro Toolsに入る、tsvファイルのマーカ番号と一致させました。これで全員が同じ参照番号を使用することができます。これは指揮者が楽譜を使う時の工夫にヒントを得たものです。奏者の見る楽譜はそれぞれ異なりますが、小節番号は同じです。俳優たちの基準として使いやすい番号でした。俳優の台詞がノンリニアであるため、番号がよい「錨」となりました。エンジニアもレコーディング中の台詞を簡単に見つけることができ、そこから収録または再生を開始することができます。
この番号は.wavファイルの命名やUnityプロジェクトへのインポートのためにも使用し、フォルダ名と合わせてUnityプロジェクト内でシーンにフックしました。
このパイプラインを理解してもらうために、私が各スタジオに送った画像をご覧ください。
次の画像も添付しました。いやがらせで送ったのではなく、何千という台詞文があるため、私たちが計画したプロセスにそってすすめることの重要性を強調したかったのです。
500個ものマーカのあるプロジェクトは一見恐ろしいですが、結果的に収録も編集も1番効率的にすすめることができました!
私たちはプロジェクトファイルのマーカを500個までとする必要がありましたが、その理由は2つあります:
- EdiMarkerがPro Toolsデータファイルをエクスポートする際、処理できるマーカの最大数が999でした。
- Pro Toolsのトラック数の上限は768でした。トラック1本につき台詞1文となる可能性があり、制限ギリギリにはしたくなかったのです。私たちのコンピュータの限界もあります!
番号の付与:
収録の際に私たちが使用したアセットは、主に以下の3つです:
- 俳優たちの台本
- マーカ付きPro Toolsセッション
- Googleシートで作成したノーテーション(記録)ファイル
これら3つのアセットで台詞に振られている番号は共通しています。俳優もエンジニアも監督も、セッションに参加している人全員が、同じ行を認識することができます。
レコーディングの流れを詳しく定義した人がMaize、Tfer、そしてAllisonです。Jasonがテクニカルサポート、Georgiaがプロダクションサポートを提供しました。
TferはADRの優れたスペシャリストで、主に映画の仕事をしてきました。MaizeとTferは以前、『ウェイワード ストランド』デモ版のボイスオーバー(VO)で一緒に仕事をしたことがあり、その前にもオーストラリアの別のゲームでTferがサウンドデザイン、Maizeがそのサウンドデザインを実装するテクニカルオーディオを担当したことがありました。再び共同作業をすすめてプロセスを繰り返すことができることを、2人とも楽しみにしていました。
今回Tferの提案で私たちはPro Toolsを使いはじめたほか、テキストファイルからPro Toolsのマーカを設定して操作しやすくするEdiMarkerというツールも教わりました。
台詞のはじめと終わりのポイントをPro Toolsのマーカで正確に把握しようというのが、もともとの作戦でした。ところがアリソンと私はレコーディングプロセスのリハーサル中に、実際にはタイミングが予測できないため、これを維持するのは不可能であることがわかりました。タイミングは画面に吹出しを表示させる時間の長さを私たちが任意で決めるよりも、俳優たちが決めた方がよいと分かったのです。そこで俳優たちは台詞のレコーディングをどこから開始したのかを、私たちに教えてくれることに慣れました。厳密には同じ情報ではありませんが、プロジェクト全体がとても扱いやすくなりました。
使用するレコーディングをマーカ情報だけで特定できないため、トラックの活用を考えました。この新しいイテレーション手法をTferに提案したところ、彼女は逆にクリップ番号の利用をすすめてくれました。あるトラックの内容を別のトラックに移動することができますが、その場合は「source of truth(真実の情報源)」ではなくなります。一方クリップの名前は変わることがなく、クリップを切り分けた際にPro Toolsがクリップ名の履歴をある程度保有してくれます。最終的にキャラクターに対応したトラック名とし、そのトラックにある収録した各クリップに連番を振るということで決着しました。具体的には「クリップLily 10」などという番号になります。
スタジオに配布した動画
記録係のJasonはレコーディング中、どのクリップ番号をデフォルト録音として扱うのか、そしてどのクリップ+インスタンスが優先すべき再録音なのか、またどれをもう1度録音すべきかをすばやく記録することができました。
レコーディングセッション中に「x番クリップを収録中」と声に出し、その台詞のどの収録クリップを優先すべきかを記録しました。各シーンのファイルの1番上に優先する録音の大半が入っている「デフォルトクリップ番号」を記入し、もし好ましい録音が別のクリップにある場合は、それを台詞の横に記入しました。
1つのクリップで同じ台詞を2回以上繰り返した場合、「インスタンス」という言葉で区別しました。俳優は1つの台詞を繰り返すことがよくあり、その場合はインスタンス数としてカウントして、どれが最も好ましいのかを記録しました。「クリップ11、インスタンス4」などと記録していくのです。
これらの記録ファイルが私たちの「source of truth」となりました。
TferとアシスタントのKyraが記録内容に間違いがあると感じた場合や、録音に不具合があるため別のものを選ぶ必要があると気づいた場合は、Googleシートに備考として記入しました。Googleシートにコメントが残されるとJasonと私に自動的に通知が入り、どちらかが問題を解決させました。
シート上で台詞を分割したり統合したりすることもありました。このような時こそ「source of truth」としてシートが重要な役割を果たすわけですが、それもPro Toolsのマーカ番号が正確でなくなるためです。詳細は後ほど!
編集:
1人1人のキャラクターをレコーディングし、できあがったサンプルを少しずつTferに渡してゆきました。(コロナ感染対策として、俳優は1人ずつお願いしました。)Tferが各スタジオの特徴についての自分の知識と、1人1人の俳優たちの声の質を合体できる準備が整ったのです。Tferはデモの編集成果を送り、私たちにフィードバックを求めました。もちろんデモはどれも最高の出来で、こちらから指摘することはほとんどありませんでした。私たちのプロセスや目的を細かく理解してくれていたので、お互い簡単に波長を合わせることができました。
複数の編集者が協力して働くことが分かっていました。そこでTferはすばやく以下のようなプリセットを2種類つくりました:
Pro Tools用トラックプリセットとしてFabFilter EQ、コンプレッション、リミッターを使ったものをキャラクターごとに用意し、RXボーカルクリーニングモジュールのチェインもキャラクターごとに用意しました。俳優によってはキャラクターを荒い息使いで演じたり、大声で叫ぶように演じたり、小さくピュアな声を使ったり、丸みのある大きな声を使ったりしていました。
私たちは編集作業を次のように分担しました:
Kyra BellamyとAllison Walkerがスライス作業を担当
- Pro Toolsセッションの台詞を1文1文スライスして、複数のクリップに分けました
- 各俳優の「決め」トラックの上に、クリップを並べました
Tfer Newsomeが最終的な仕上げを担当
- スライス後のプロジェクトファイルの中身を確認しました
- 続いてPro Toolsのトラックプリセットを適用しました
- RXで各クリップを一括編集しました
- これらのクリップを1つのトラック上に並べ、台詞番号と共に一括エクスポートしました
Maize Wallinが不規則・複雑なこと全般を担当
- デンマーク語だけのシーンもありました
- 1つのシーンの全く異なるバージョンを2つ作成し、どちらがよいかを試すこともありました
- 追加オーディオエフェクトを適用したシーンがありました
- 何らかの理由で余計な作業が発生するシーンがいくつかありました
Kyraの貢献度は驚くべきものでした。彼女の場合は手が勝手に動いてPro Toolsのスライス作業のショートカットを使いこなしていて、どれだけの台詞やシーンを1分間または1時間でスライスできるのか、自分の記録を何度も更新していました。1時間に台詞800文?1000文?
スプレッドシートを読み込むツールもいくつかありました。シーンのスライス済み、編集済み、実装済み、テスト済みのマークや、ゲーム中の台詞の総数や、未実装の台詞の数など。プログレスバーが埋まるのが段々とはやくなるのを確認していくうちに、ついに完成しましたその時はZoomで乾杯しました!その後は…。
この連載の最終回では、WwiseにおけるWAVファイルの再生や、VOのバグについて詳しく説明します。記事はこちらでご覧ください。
コメント