『ウェイワード ストランド(Wayward Strand)』の舞台は1978年のオーストラリアの地方海岸で、主人公は14歳のケイシー・ビューマリスです。ケイシーは夏休みのある週末に空挺病院の看護師長である母親に連れられ、高齢者病棟のお年寄りたちのところへ遊びに行きます。
ゲームフォーマットの発想はイマーシブ(没入型)シアターからきています。すべてがリアルタイムに、スケジュールどおりに進展します。ケイシー自身がどこにいても、世の中は前進します。だからこそ一緒に時間を過ごす人たちが大切に感じられます。一方であなたが人間関係を深めている間に、船内のほかの人々が何をやっていたのかも気になります。
キャストとして俳優が14人、ゲーム内の日数が3日、ゲームクリアにかかる時間が約4時間で、コンテンツは映画18本超に相当し、俳優が演ずる台詞は18,000行以上あります。すべてのコンテンツを見るためにゲームを何回クリアすればよいのかを具体的に計算したことはありませんが、初期のころにゲーム内の「初日」(=最初の1時間)だけのコンテンツを計算したところ、80回以上でした!
私たちにとってゲームを音声化することはとても大切なことでした。インディーゲームはどれもそうですが、予算はとてもタイトでした。ボイスオーバー(VO)を完全にカットすることを考えたこともあります。幸いそれは回避することができました。今回のVOの最も重要な面の1つとして、オーストラリア英語としたことで、このゲームらしさを前面に出してくれたと思います。プレイヤーがオーストラリア固有の鳥の鳴き声、動物の映像、会話に出てくる小話などに気づかなかったとしても、(ほとんどの場合において!)私たちのアクセントには気づいてくれるはずです。
VOはゲームのペースも決めてくれます。時間が中心的な機能を果たすため、無音の中で文字を読み飛ばすよりも、自然なタイミングで音声が聞こえた方がはるかに直観的です。プレイヤーがキャラクターの横に居座り、その世界に没頭することもあることがリリース後に分かりました。はっきりと感じられる時間という要素があることで、会話をどう解釈するのかをプレイヤーが考えるきっかけとなり、自分自身の人生や人間関係を思い返すこともあるようです。
『ウェイワード ストランド』の裏にいるGhost Patternというチームのすばらしい点は、ゲーム、演劇、ライブアート、映画、マンガなど、全員の経歴がさまざまな分野出身で異なることです。
テクニカルオーディオを担当する私にとって、プログラミングやツールデザインの助けを充分に得られたことは特に嬉しかったです。本ゲームのVOの量を公表してからVOパイプラインについての相談を受けることが多いのですが、私たちがこれだけ多くを達成できた秘訣はチーム構成にあったと思います。
Georgia Symons
- 俳優たちの連絡窓口
- キャスティング
- 俳優の監督
Jason Bakker
- ツール開発監修
- 俳優の共同監督
- レコーディング中の記録係
Thomas Ingram
- スクリプト解析ツール開発
Tfer Newsome
- VO編集の監修
- レコーディングパイプラインデザイン
- VO編集
Maize Wallin
- テクニカルオーディオ監督
- レコーディングエンジニア
- レコーディングパイプラインデザイン
- VO編集
Allison Walker
- レコーディングエンジニア
- レコーディングパイプラインデザイン
- VO編集
Kyra Bellamy
- VO編集
チームで協力して以下のようなツールを練習、設計、実装しました:
1. InkとUnityのストーリー制作のツールで書いた台本を元に、以下を行いました:
- 台本を俳優が読めるような台本へ変換
- 台本を収録メモやPro Toolsへのインポートのために必要なスプレッドシート形式へ変換
2. ビデオゲームに不慣れな俳優向けに、ノンリニアな台本の収録プロセスをデザインしました
3. デザインしたPro Toolsセッションに対してレコーディングするエンジニア、記録係、そして俳優たちがシームレスにコミュニケーションできる方法をデザインしました
4. このプロセス全体をリモートでレコーディングするスタジオのプロセスに統合できるよう、プロセスを調整しました
5. リモートスタジオのA/Bテストを実施しました
6. すべてのVOを4人のエンジニアが同時に作業しながら、まとまりのあるサウンドを維持できるように編集プロセスを最適化しました
7. すべてのVOをUnityに戻すための実装に対応しました
チームには結束力が必要でした。各タスクを処理する過程で、全員が一丸となって動くリズムを感じ取りました。リモートで働くエンジニアたちはみな、これほど整理されたクライアントと仕事をしたことがないと言い、私たちのチームのリズムにシームレスに吸い込まれていったと教えてくれました。俳優たちも自分たちがチームの一員であることをひしひしと感じたと言っていました。ビデオゲームの仕事で何が起きるのかさえ知らなかったのが、いまでは次のゲームの仕事を待ち望んでいると言っていました。
このチームにはリモートスタジオから参加する人たちもいました!
Innenhof(ウィーン)、Voiceover Soho(ロンドン)、ZigZag(シドニー)の各スタジオと、リモートで一緒に仕事をしました。2022年ということもあり、幸いどのスタジオもリモートでレコーディングをするセットアップが整っていました。ただしそれでも、A/Bテストをいくつか実施してもらいました。
私たちは各スタジオに以下の要件を伝えました:
- 超ドライな音のスタジオ
- Neumann U87マイク
- 50~60cmでの収録
- 低ゲイン
- カラーレーションなしのインターフェース
各スタジオが何種類かのインターフェース、マイク距離、そしてゲインレベルを送り返してくれました。それらのサンプルをメルボルンのスタジオOriginal Scoreで収録したコントロールサンプルに合わせて編集し、手間がどれだけなのかを確認しました。こうして一番よい組み合わせを決めました。
ロンドンではスタジオ探しに苦戦しました。なぜか共鳴のある部屋が多かったためです。しかしVoiceover Sohoでは共鳴を排除するために、追加のパネルや布を用意してくれました。部屋のトーンとインターフェースのカラーレーションは絶妙なバランスが必要です!ただし私たちはインターフェースのカラーレーションよりも部屋のトーンの編集で対処した方がよいと判断し、低ゲインを選択しました。
世界各国の5か所のスタジオからくる音に統一感を持たせるために、マイクの機種や配置を同じにしたとしても、後で部屋のトーンを調節するのか、それともインターフェースのカラーレーションを調節するのかを選択しておく必要があります。私たちのチーム内では部屋のトーンを処理するスキルの方が揃っていたため、各スタジオに可能な限り少ないゲインを使用するようにお願いしました。
U87はほとんどのスタジオにすでにあるマイクでした。経験上、これが本当に標準的なスタジオマイクです。
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3部に分かれたこの連載の第2回では、Pro Toolsのセットアップ、各種スプレッドシート、VO編集プロセスなどについて説明します。続きはこちらをご覧ください。
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