MIGS17で、UbisoftのAudio Directorヴィンセント・ギャニオン(Vincent Gagnon)氏が、Music Theory for Sound Designと題してサウンドデザインに使える音楽理論について語ってくれました。彼の講演は「自分のゲームを自分で調律できたら?」というアイディアを中心に展開されました。
私たちの世界は、 一世紀前と比べて全く違う音がすることが分かっています 。 カナダの作曲家で環境家のR.M. シェーファー氏は、著作 世界の調律 サウンドスケープとはなにかで、年代を追ったサウンドスケープの発展を模索し、様々なオーディオ場面を移動する私達が、音環境によって経験を左右される様子を語っています。私たちの周りの音は、エルサレム、ロンドン、パリなどで大きく異なり、ギャニオン氏はその様子をAssassin's Creedでも聞ける、と話していました。
ギャニオン氏は、ちょうどシェーファーの本を読み終えた頃にSplinter Cell: Convictionの開発に携わり始めました。世界を調律する、というアイディアに影響を受けたギャニオン氏は、これをサウンドデザイナーがゲームオーディオ設計に取り入れれば、ゲームを調律することや、音楽理論を活用して自分たちが想像するようなゲームのサウンドスケープを実現するために、さらにクリエイティブになれるのではないか、と考えました。音や音楽を組み合わせてプレイヤーのエクスペリエンスにとても具体的な影響を与えることで、より没入感のあるゲームプレイを促進する方法を研究することにしたのです。例えば、効果音と音楽を調律してまとまり感をつくり出したり、並列に並べることで緊張感をつくり出したりすることです。
さて、ゲームを調律するには?
はじめにキーを設定して、場合によって関連するほかのキーも設定していく、とギャニオン氏は提案します。例えばベートーベンの交響曲第5番はCマイナーであるのに対し、第1楽章はハ長調であるものの、第2楽章はA♭ メジャー、第3合唱はCマイナー、そして最後はCメジャーにCマイナーが見え隠れしていることを説明しました。音楽と同様に、ゲームの調律も調性を中心としたこの「旅」が核となります。
ギャニオン氏は、Splinter Cell: Convictionの作業を始めるにあたり、ゲームで準備した音楽をすべて聞きました。そして、一番使われるキーがDマイナーで、ゲームのテーマミュージックを利用すれば、サウンドデザインの要素をつくるときのインスピレーションにできるほか、オーディオと音楽の間の一体感をさらに深められると考えました。
ビンセント・ギャニオンのMIGS17プレゼンテーションを、Audiokinetic Channelで見る
テーマ楽曲
プレイヤーがSplinter Cell: Convictionの遊園地を徒歩で通過するときに、様々な園内ブースから聞こえてくるのは、実はゲームのテーマ楽曲のバリエーションです。はたしてプレイヤーが気付くかは分かりませんが、音的な統一感を確実にもたらす一方、様々なアレンジが、各ブースの固有で異なる環境や雰囲気に、それぞれ合っています (9:12) 。
テーマ楽曲をサウンドデザインに利用したケースとして特に目をひくのが、システム電話のダイヤル音です。テーマ楽曲を踏襲し、ダイヤル音を調律してテーマ楽曲が鳴るようにすることで、プレイヤーが音を認識したときに懐かしい気持ちになるだろう、という意図があります(10:55) 。テーマ楽曲を利用したサウンドデザインの別の例では、ゲーム中の重大ポイントでプレイヤーの興奮レベルを増幅すべく、ファイナルミッション中に、はっきりとテーマ楽曲を流しています。メインのシステムミュージックとすべてのゲームプレイサウンドをダッキングして、ヒーローとなるであろうプレイヤーが最後のシーンに入るちょうどそのときに、テーマ楽曲が始まります。そうすると、場面に適した安堵感と「これから世界を救うぞ」という気合が、湧き出てきます (11:33) 。
サウンドエフェクトの調律
教会の鐘や、表示されるテキスト(プレイヤーのミッション達成に向けて指示を出すための、プレイヤー環境に投影されるテキスト)に伴うサウンドエフェクトなど、ゲーム全体のサウンドエフェクトが、音楽にチューニングしてあります。サウンドデザインの裏に、緊張感を生み出すという目的があったとしても、音を調律するという考え方があると、計画的で洗練された実装が導かれます。例えば表示テキストのサウンドエフェクトは逆順のコードの再生で、表示中に警告の意を込めて不安をあおりたてるように計画されていますが、最初は逆順コードと音楽がバランス悪くぶつかり合っていました。そこで、プレイヤーは気付かないかもしれませんが、オーディオチームがこのサウンドエフェクトのバージョンを4つも作成し、ゲームの様々な場面の音楽に合うように調律して、全体的に、よりシームレスなインテグレーションを実現させました。音楽によって、4つの調律されたコードの1つがトリガーされます (13:36) 。
ルームトーンやアンビエンスの調律
ルームトーンやアンビエンスを、音楽に調律することで、‘Sharawadgi エフェクト’という、サウンドモチーフや、不可解な美しさをもつ複雑なサウンドスケープを思い描くことからつくられる充足感を表す、芸術的なエフェクトが生み出される様子をギャニオンは説明しました。
Splinter Cell: Convictionの事例を紹介した上で、美術館環境用のルームトーンをデモしてくれました。美術館のルームトーンは、悪者の美術品収集家が住む環境を表現するために必要でした。この悪者収集家は洗練された好みをもち、彼の空間はDマイナーに調律されています。ルームトーンをループさせ、それを処理するEQはDマイナー特有の周波数を使い、DマイナーノートであるD、F、Aと一致する特定の周波数をブーストして、Sharawadgi エフェクトを狙います (14:50) !
また、音楽と環境アンビエンスの間でつくり出される関係性を説明するためにギャニオン氏が紹介した別の事例では、音楽に調律されたアビの鳴き声によって、音楽のコード変更のタイミングが決まりました。この相互関係は、音楽とアンビエンスから取った、長さの等しい2つのセグメントを、同期させることで作成されました。例えば、音が大きい部分や小さい部分を使ったり、リズム感のある要素を利用したりして、両者の間のインタラクションを設定し、環境の中の広範囲に及ぶ一貫性を、生み出しました (16:15) 。
シリーズ全体で同様のアプローチを採用
それでは、Splinter Cell: Blacklistについて。このプロジェクトは、トロント、上海、モントリオールにそれぞれ拠点のあるUbisoftのチームに分けられました。モントリオールのオーディオチームが、Mercenary(傭兵)やSpyに固有のゲームプレイのエクスペリエンスをカスタマイズする担当になりました。
Dマイナーを維持しつつ、Splinter Cell: Convictionの同じテーマ楽曲を使い、ギャニオン氏は、ここでも音楽からスタートしたことを説明しました。コンポーザーたちは、MercenaryとSpyという異なるキャラクターの特徴に合う楽器をそれぞれ使い、2つの異なるアレンジをつくるように依頼されました。目標は、非同期の関係を設定して、2人のキャラクターの間で、二重性のようなものをつくり出すことでした。Mercenaryは荒々しくラフで肉付きの良い雰囲気を、そしてSpyは狡猾で静かで不気味な雰囲気をかもし出すことが求められました (20:50)。
同じ目標を、SpyとMercenaryの固有サウンドエフェクトを作成するときに利用しました。このゲームでサウンドエフェクトの調律をした好例が、3人のMercenariesのボイスに追加するラジオノイズです(ボイスではなく、ラジオノイズだということに注意)。ラジオノイズはDマイナーに調律されていますが、キャラクターが3人いるため、それぞれにDマイナーから音符を1つずつ、D、F、Aを割り当てることにしました (26:27) 。ここでサウンドエフェクトの調律に関して興味深いのは、最初の作業は大変なように思えますが、あとあと、ほかの作業が楽になるのです。ギャニオン氏は、D、A、E、Fでチューニングしたことを話し、緊張感をつくりたいときは、簡単にE♭を入れ込めば、急にストレス一杯の音になることを説明しました。
音はいつも動いている
ギャニオン氏は、音が常に動いているべきだ、という考え方に興味を持っています。ルームトーンやアンビエンスは特に、繰り返されるべきでなく、それが常に変化しつつ移動していれば、中身の微妙な差のおかげで気付きにくくなり、リスナーも聞き飽きることがありません。
常に動く音を作成する時に大事なのは、不明なノイズが入っていないことです。ギャニオン氏は、マルチバンドテクニックでSplinter Cell:Blacklistの手榴弾用のサウンドエフェクトに変化を生み出した事例を説明したあと、同じテクニックをルームトーンやアンビエンスにも適用して動きや変化を達成できると述べました。まず5つの手榴弾サウンドからスタートして、それぞれ4つのバンド(Low、Mid-low、Mid-high、High)を作成すれば、ランダムに組み合わせて手榴弾サウンドのバリエーションを無限につくり出せます。ボリューム変更、フィルタリング、そしてリバーブも、これらのバンドに適用されました。例えば手榴弾から離れれば離れるほど、リバーブが増えます。その違いがわずかであっても、目標とする結果を達成でき、同じ音に飽きてしまうことがありません(27:18) 。
マルチバンドテクニックを、ルームトーンに適用
最初にいくつかのルームトーンからスタートし、それらを分割して、それぞれLow、Mid、Highの3つのバンドを設定したとします。ギャニオン氏は、別々のファイルからHigh、Mid、Lowをランダムにとり、再生できることを説明しました。重要なのはファイルの長さがすべて異なることで、同じタイミングでクロスフェードしないようにします。そうすればクロスフェードが自然にシームレスに聞こえ、奇妙なノイズの可能性を払しょくできます。例えば、Highのバンドのトランジション中にBassが変わらなかったり、BassがトランジションするときにMidがちょうど切り替わる、などが考えられます。
また、ギャニオン氏の事例では3つのEQが各バンドに設定されていたので、合計9つの異なるファイルが使えるようになっていました。彼は、RTPCをEQに追加して、EQのボリュームや周波数が、まるで「動く」ようにする方法を提案してくれました。もしかしたらC# マイナーのEがFにシフトしてメジャーになり、ゲーム中の緊迫した瞬間に、これを実行させるのにルームトーンが一役買うのかもしれません。ギャニオン氏の例では、EQに作用するLFOにもRTPCをいくつか追加して、「動き」があまり一定でないようにしていました。これで、3つのバンドが異なるEQでミキシングされる状態を達成できました(34:43)。
今後の予定
今後の予定としてギャニオン氏は、シーケンスを使って、ルームトーンやアンビエンスの動きや、その進行の「意図」をつくり出すことにも、興味を持っているとのことでした。彼はまとめとして、プロジェクトの最初にサウンドスケープのビジョンを持つことが大切で、オーディオを統一して音の調律や不協調律を戦略的に活用することを強く勧めていました。もちろんプロジェクトはすべて違うので、この方策が必ずうまくいくとも限りませんが、研究できそうな提案が沢山ありました。
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