ゲーム業界のクリエイティブ系の人やエンジニアたちがコラボレーションを続けた結果が、このMastering Suiteです。PlayStationチームはここ数年、ゲームオーディオ開発者たちのコミュニティと協力して、最高品質のオーディオをPlayStationで達成するための手段を提供するツールのデザインを進めてきました。複数のオーディオチームや技術者たちが検討し合って、ゲームにオーディオの「マスタリング」ワークフローを導入する方法を探ってきました。
PlayStationプラットフォームで、オーディオのマスタリングを行う
PlayStation 4の発売直後から、当時、ロンドンを拠点とするソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のR&D Audio TeamでPrincipal Engineerを務めていたMarina Villanueva-Barrieroは、ワールドワイド・スタジオ(WWS)と連携して、オーディオレンダリングチェインの最後に実行できる様々なマスタリングDSPエフェクトを検討し始めました。目的は単純で、開発者が人材や技術力に左右されることなく、PlayStationコンソールで稼働するゲームのオーディオ出力を最適化するために、高性能なエフェクト群をアクセスしやすい形で提供することでした。
ちょうどCreative Services GroupのTechnical Audio DirectorであるGarry Taylorが、Audio Standards Working Groupと協力してPlayStation 4のゲームを対象としたラウドネス基準を策定中で、放送業界のラウドネス基準と似ていました。これを達成するにはマスタリングスイートが一番良い方法だということで、GarryとMarinaは手を組み、オーディオのプリセットとしてホームシアター、テレビ、ヘッドフォン用、さらにナイトモードなどを開発しました。
その後、Advanced Technology GroupのPrincipal Programmerであり、元々オーディオ解析やPlayStation SDKシンセサイザに使われたWindowsツールのSulphaを開発したRichard Griffithsが、このマスタリングスイートをSulphaと統合させ、ラウドネス準拠のためにオーディオ解析を公開しました
開発者はSulphaを使ってPlayStation 4で実行中のマスタリングスイートに、リアルタイムで変更を加えることができます。開発者は自分のゲームタイトルが、フルレンジサラウンドシステムやテレビ、ヘッドフォンなど各種プレイバックシステムに最適化されるようにマスタリングして、それをプリセットとして保存できます。PlayStation SDKにはアロケーションされたシステムリソースとSulphaで実行されるインタラクティブオーディオの総合的なマスタリングライブラリが含まれるので、開発者はプリセットを作成したりオーディオ出力を解析したりできます。
クロスプラットフォーム型ソリューションを、Audiokineticと開発
Audiokineticのチームと会ったとき、私たちはこのソリューションをプラットフォームを限定せずに提供することを検討し始めました。Audiokineticチームは、SulphaのUXに刺激され、Wwiseが対応しているプラットフォームのゲームあれば、Mastering Suiteの恩恵を受けられるようにする作業を開始しました。今日、すべてのWwiseユーザーがMastering Suiteを無料で利用できます。
これはAudiokineticとSIEの初めての内部コラボレーションとなり、私たち両チームが力を合わせたことで業界全体にMastering Suiteを提供しやすくなり、大変嬉しい想いです。さらに、Wwiseが対応する多様なプラットフォームにおいて、Wwiseを使うゲームであれば、この素晴らしいオーディオツールの宝庫を利用してもらうことができます。
Mastering Suiteの機能
マスタリングの機能をクロスプラットフォームで利用できるようにAudiokineticと協力した結果、マスターオーディオバスに対する通常のインサートエフェクトのプラグインとして実行できます。それではMastering Suite内で提供中の機能について、ここで簡単に説明します。
6バンドパラメトリックイコライザー: フィルタータイプ、周波数、レゾナンス、ゲイン |
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4バンドのマルチバンドコンプレッサー、チャンネルリンク機能付き*: クロスオーバー周波数、アタック・リリース、スレッショルド、ゲイン、ニー |
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ソフトニー、ハードニー、アドバンスドリミッター*: スレッショルド、アタック、リリース |
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マスターボリューム: チャンネル別にボリュームを設定することも可能 |
* マルチバンドコンプレッサーで、チャンネルをUnlinked、Linked 、またはPartial LinkのLink Strengthパラメータ付き、とすることができます。
Link Modeを‘Partial’に設定すると、Strengthパラメータを調整して、スレッショルドを超過するチャンネルによってチャンネルに適用する減衰の割合(%)を設定できます。
リミッターのModeをAdvancedにすると、リミッターをLinkedまたはUnlinkedに設定できます。
ここで重要なのは、3Dのローカリゼーションを維持するにはチャンネルをリンクすることが不可欠だということです。3Dオーディオについては、これからさらに詳しく説明します。
なお、PlayStationプラットフォームでは、処理は低レベルのオーディオシステムに合わせてオフセットして、主要なゲームポートやバックグランドミュージックのミキシング過程をすべて終了させてから、処理を適用します。つまり、処理全体がシステムアロケーションのリソースで完結しているので、マスタリングによってゲームのCPUリソースが影響を受けることはありません。Wwiseを使ってPlayStation用にゲームをオーサリングするときも同じです。
ミキシング、マスタリング、プリセットについて
マスタリングとミキシングは、ほかの業界のように別々のプロセスとして考えるべきです。オーディオデザイナーが、ハードウェアや試聴環境の制約に縛られることなく、最高のオーディオミックスを自由につくり出せるようにしてあげるべきです。
Mastering Suiteはリソースが限定されている場合でもオーディオマスタリングがしやすいように、包括的なプリセット一式があるほか、SulphaやWwiseを使いこなして各モジュールの様々なパラメータを掘り下げて、アウトプット別に自分でプリセットをつくり出すこともできます。
ゲームタイトルをマスタリングする上で、ラウドネス基準の要件を満たすことは重要です。PlayStationタイトルのラウドネスターゲットは-24 (+/- 2) LKFSで、測定時間は最低30分です。
さらに、タイトルのラウドネスレンジが20LUを超過しないことを推奨しています。
3Dオーディオ
3DオーディオでもMastering Suiteが充分に使えるように、研究と開発を重ねてきました
Mastering Suiteのユーザーであり、WWS Creative Services GroupのSupervising Sound Designerを務めるLoic Couthierも、MarinaやGarryに協力して、3Dオーディオ用にプリセットをアップデートしたり、次世代タイトル向けに機能を改善したりする作業を手伝いました。『Hardware Rivals』、『Wipeout Omega Collection』、『Blood and Truth』などの開発に携わりながら、MarinaとMastering Suiteのユーザビリティ改善を行いました。Loicは、特に次世代プラットフォームの最新機能を意識しながら、3Dオーディオ機能を使う今後のタイトルのマスタリング計画を立てています。
バイノーラルレンダリングの3Dオーディオでは、心理音響を利用して3D空間の音源をシミュレーションします。頭部伝達関数(HRTF)の機能として、両耳間レベル差(ILD: Interaural Level Difference)、両耳間時間差(ITD: Interaural Time Difference)、そして周波数領域における高周波ノッチなどがあります。Mastering Suiteやそのプリセットはこれらの機能を考慮して開発され、処理が3Dオーディオシステムのアウトプットに干渉しないことを確認するためにリスニングテストが実施されました。
WwiseからPlayStationシステムのSDKファンクションをアクセスできるようになり、すべてのオーディオレンダリングが完了した時点で適切な位置にマスタリングを適用できるので、ローカライズされたサウンドのレンダリング品質は確実に維持されます。
まとめ
最後に、私はサウンドデザイナーたちがこの機能を活用して次世代インタラクティブオーディオの品質をどうやって高めていくのかを、楽しみにしています。
私たちはこの技術を様々なプラットフォームで共有できることがとてもエキサイティングな展開だと感じ、これからもAudiokineticと共にMastering Suiteの開発を継続しながら、PlayStationや、その他すべてのプラットフォームで、インタラクティブメディアのサウンドをより良いものにしていくつもりです。
これはSIEのR&Dチーム、SIE Worldwide Studios (WWS)、Advanced Technology Group、Audio Standards Working Group、そしてAudiokineticによる素晴らしいコラボレーションの成果です。
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