私はRelic Entertainment(以下Relic)のプリンシパル・オーディオデザイナーのLin Gardinerです。『Age of Empires IV』(AoE IV)のミュージックリードとして楽曲の全体的なトーンや方向性を決め、インタラクティブミュージックを再生するシステムの設計・設定を担ったほか、私たちのアダプティブミュージックシステムに必要となる要素がすべて揃うよう、コンポーザと緊密に連携しました。またオーケストレーションや生演奏の制作を担当するチームと協力したほか(楽曲の約80%はライブレコーディングです)、ミュージックミキサーとの作業もすすめました。
25年前に第1弾がリリースされた『AoE』シリーズは、RTS(リアルタイムストラテジーゲーム)として多くの人に愛され、今回は4度目のメジャーリリースとなりました。
2021年10月リリースの『AoE IV』の文明は、フランス、イングランド、中国、モンゴル、神聖ローマ帝国、アッバース朝、デリースルタン、ルーシの8つです。1年後の2022年10月にリリースされたAnniversary Editionでは、オスマンとマリの2つの文明が追加されました。西暦1000年頃から1550年頃までを舞台に、4つの固有の時代(Age)に渡り文明が進化を遂げます。
コンセプトとプロトタイプ
私がこのプロジェクトにかかわりはじめたのは2017年でしたが、これが巨大なタイトルであり、多くの作業が待ち構えていることにすぐに気がつきました。幸運にもプリプロダクション期間やプロトタイプ期間を長めに取ることができ、開発の道筋をはっきりさせるための貴重な時間となりました。私は中世の音楽や中世を舞台とした映画とゲームの調査に時間を費やし、音楽の方向性について研究をしながらまとめました。
『AoE IV』の全体的なデザインに大きく影響を与えた『Age of Empires II』は、史上最も成功したRTSゲームの1つとして、シリーズ内でもファンに大好評の作品です。『AoE II』のサウンドトラックはいまも大変愛されていますが、1990年代のインストゥルメンタルをジュークボックス的に再生したものであり、インタラクティブではありませんでした。私はオーディオディレクターのBryan Rennieや、マイクロソフトのオーディオディレクターのTodd Mastenらと緊密に連携し、プリプロダクション期間を利用し、『AoE IV』で考えられるいくつかの音楽の方向性を示すモックアップを作成しました。
このコンセプトフェーズで、各時代にふさわしい4つの異なるバージョンの中世音楽をつくり出すという構想が生まれました。曲や楽器の構成は時代1の簡素で枯れた暗い雰囲気からはじまり、徐々に複雑化し、ルネサンス期を目前に控えた最後の第4の時代に向け進化してゆきます。
私は開発のこの段階で、音楽システムの設計と構築もはじめました。国内のコンポーザーRiley Koenigに依頼し、プレースホルダ用のカスタムミュージックを作曲してもらい、これをいくつかのコンセプトを裏付けるために使ったり、ミュージックシステムの初期バージョンを構築する時のアセットに利用したりしました。
ゲームプレイと音楽の進捗を感じ取ってもらうために作風の自由度を上げ、時代3に小さな弦楽器セクションを入れ、時代4でこれを大きなアンサンブルへと広げることにしました。比較的小さなオーケストラによる演奏でしたが、プレイヤーがゲームで体験するハリウッド風の中世の世界を表すためには充分でした。音楽の各種モード、数々のソロ演奏、戦略的に配置された音声などが、各文明を定義する鍵となり、できる限り忠実にそれぞれの文化を表現しました。
このブログはCore Gameplay(コアゲームプレイ)ミュージックと、Combat Intensity(コンバット強弱)システムに焦点をあてたものです。作曲過程や収録についてさらに知りたい方は、こちらをご覧ください:
Dynamedionの『Age of Empires IV』に関するブログ(英文):https://dynamedion.com/news/
ミュージックアセット
このゲームの音楽は以下4つの主要分野に分類されます:
1. Core Gameplayミュージック(マルチプレイヤー)
2. フロントエンドミュージック
3. シングルプレイヤー時のキャンペーンミュージック
4. スティンガー
これらすべての分野を合わせると、どの文明においても個別の音楽ファイルが約170個にものぼり、各コンポーザーが担当する作曲、詳細、イテレーションなどの作業量は膨大なものでした。
Core Gameplayミュージックとインタラクティブミュージックシステム
『AoE IV』はトップダウン式RTSゲームであり、マップ内をすばやく移動できるため、テンポがはやくなることもあります。このタイトルではロケーションごとの音楽の移り変わりは重視しないことが分かっていましたが、ゲームプレイに応じて音楽が変化するようにしたいと考え、それを実現できるシステムをつくりました。今回のミュージックシステムでは、Relicの前作『Warhammer 40,000: Dawn of War III』で構築した基盤が一部取り入れられています。
ここでRelicのプロシージャルミュージックシステムの構成要素をいくつか紹介したいと思いますが、社内ではこのミュージックシステムをCombat Intensityミュージックシステム、または単純に「コア」ミュージックシステムと呼んでいます。
サウンドエンジンとしてWwiseを使い、ゲームエンジンとしてRelicの独自ゲームエンジンEssence Engineを使います。Wwiseと共に音楽の実装を助けるため、Essence Engineに以下3つの主要コンポーネントがあります。
- Attribute Editor(AE)ーAttribute Editor(属性編集)は私たちのデータベースであり、システムはここからデータを読み取り、可能な限りデータを元に意思決定を行い、データで構成を決めるように設計されています。
- State TreeーState Treeはデータ駆動型、ステートベースのスクリプトシステムです。
- Scar―ScarはLuaスクリプト言語を使い、キャンペーンミッションの構築に使用します。
それぞれの「時代」に、歴史的背景や文化を反映した独自の音楽があります。水平方向のタイムラインを構成しているのは、短いイントロセグメントとアウトロセグメントが1つずつ、そして入れ替え可能でランダムに再生される各1分ほどの複数のメインセグメントです。
これらのセグメントにはそれぞれ、垂直方向に以下4つのレイヤーがあります。
- Exploreレイヤー:穏やかなアンビエントミュージックで、村やユニットをつくる時にバックで再生されます。
- Tensionレイヤー:軽いスカーミッシュで戦う時、音楽は緊張感の要素を含むレイヤーへと移行しますが、緊張感(テンション)の要素は小さいスカーミッシュでは控えめとなる、低いドラムスやトレモロストリングスなどです。このレイヤーをCombat、Rare、Exploreと組み合わせることもできます。
- Combatレイヤー:コンバットの規模が大きくなった時に再生されます。大型のドラムスやホルン、大きな弦楽器セクション、戦闘的なメロディーなどです。このレイヤーをTensionと組み合わせることも、TensionとRareの両方と組み合わせることもできます。
- Rareレイヤー:アクセントを強めるための大きなヒット、ホルンの大きな響き、時折りほかのレイヤーと交錯する対位法のメロディーなどが入ります。このレイヤーをTensionと共に再生することも、CombatとTensionの両方と再生することもできます。
個々のレイヤーやレイヤーの組み合わせに、Stateを設定しました。
続いてレイヤーごと、またはレイヤーの組み合わせごとに、Wwise Eventを作成しました。
これらのEventをAEに追加し、再生する場所に応じたスレッショルドを設定しました。値の増加時(increasing)と減少時(decreasing)で、スレッショルドを別々に設定しました。
以下の設定ではCombat Intensity RTPCが800に達した時、Tension(tens)のState Eventがトリガーされます。
全体的な目安として、各種Combatレベルに突入する時は音楽がすばやく反応するようにし、Exploreに戻る時は緩やかに反応するようにしました。そのためにCombat Intensity RTPCが増加する場合と減少する場合の、2種類のスレッショルドをAEで設定しました。
次にゲーム内の表現にどう換算されるのかを説明します。
AEで各ユニットのMusic Importance(音楽の重要度)値を設定しました。
Exploreステートでは意図的に沈黙の時間を取り入れています。ただしCombat状態に入った途端に音楽の再生はForce(強制)再生となるため、沈黙導入のシステムはオーバーライドされ、Combat Intensityシステムがコンバットを開始した各ユニットの周りにCombat Zone半径を描きます。
Combat Intensity RTPCはゾーン内で戦う各ユニットのMusic Importanceの累積値に応じて変化し、Combat Intensity RTPCに基づき、ステートで決まるレイヤー再生が行われます。
半径の設定や追加のゾーンを描写するタイミングの判断なども、AEのほかの値に基づいて行われます。
当初はファイト中にマップの別の場所にスクロールした場合、音楽がトーンダウンされてExoploreに戻り、最終的に無音状態になっていました。ところがこれではゲーム全体で起きていることが充分に把握できないことに気づき、代わりにコンバットを開始した後にマップの別の場所に移動した場合(例えば一部のユニットを再建する場合)、音楽のForce再生を継続させて1番下位のCombatレイヤーであるTensionに遷移させ、別の場所でコンバットが続いていることを示すという条件を実装しました。音楽が動的に反応するのは、カメラがCombat Zone半径にいるユニットを見渡している時だけです。
進化
『Age of Empires IV』の音楽のもう1つの重要な特徴が、音楽の進化です。ランドマークの建設が完了するとプレイヤーは次の時代に進化することができ、新たなゲームプレイのメカニズムやチャンスがアンロックされ、さらに成長しプレイして、うまくゆけば勝利が待っています。進化した瞬間に音楽的にもプレイヤーは次の時代に移り、まったく新しい曲が展開されます。
進化した時のための特別なトランジションセグメントがあり、いまの時代から次の時代への移り変わりに必要なキー、テンポ、楽器の切り替わりが入っています。このセグメントに音楽的な「華」も含まれており、注目すべき進化の瞬間にふさわしいクレッシェンドが再生されます。トランジションセグメントにも4つの個別レイヤーがあり、プレイヤーがすすむにつれ適切な激しさのCombatレイヤーが再生され続けます。
音楽は時代から時代へとシームレスに移ります。以下のように、時代ごとにAge Stateを設定しました:
ランドマークを建設した時にState TreeでAge Upgrade(時代アップグレード)が適用され、age(時代)のステートの変更がトリガーされます。以下のスクリーンショットではFeudal Ageに到達した時に、Wwise Eventがstate_age2を呼び出すことが分かります:
Wwiseを見ると以下の通り、Next Barでトランジションセグメントに移るように、トランジションが設定されています:
次の時代にすすむ時の遷移がやや難しいのは、ミュージックコンテナに入っているイントロセグメントを聞かせたいのが、意図的な沈黙のセクションから出た時と、マップにはじめて入る時だけだからです。
進化する時に流れが途切れず曲が続くように、このイントロセグメントを飛ばし、トランジションピースの終わりから次の時代のメインセグメントの冒頭へとシームレスに繋げる必要がありました。そこで進化の瞬間だけは、Skip the intro(イントロを飛ばす)ためのカスタムキューをコードで呼び出すことにしました。
以下の例では「hre_age2」(Holy Roman Empire、時代2)というイントロセグメントに、このカスタムキューが設定されています:
キャンペーンミュージックの作成
シングルプレイヤーのキャンペーンモードには、イングランド、フランス、モンゴル、ルスの4つの異なる文明のキャンペーンがあります。各キャンペーンにミッションが8~10個ほどあり、すべて歴史上の出来事、戦い、実話などに基づいています。ミッションは合計35個あり、約30時間のゲームプレイに相当します。
キャンペーンのミッションはストーリーに沿ったリニアな体験だけでなく、動的なシステムに基づくゲームプレイも多く含まれており、こちらはマルチプレイヤーモードをベースに構築しました。Core Gameplayミュージックには4つの独立したレイヤーがあり、各レイヤーを使った多くの組み合わせが可能であったため、キャンペーンにおいてもCore Gameplayミュージックをさまざまな方法で利用しました。
キャンペーンミッション中の音楽は、再生方法が2種類あります:
1. コアシステムをキャンペーンのミッションに取り込み、マルチプレイヤー用に設計したCombat Intensityシステムをそのまま利用。
2. Core Musicシステムの特定レイヤーを別途スクリプト化し(私たちのLUAベースシステムであるScarを使用)、そのミッション専用のトーンやムードを演出。
特定レイヤーの一定期間のロックや目的達成に伴う再生条件のアンロックなど、いくつかの機能で上記2つの選択肢を使い分けることができ、ゲームプレイがストーリー型の時も、動的なエクスペリエンスの時も、音楽を常に適応させています。
作曲、レコーディング、ミキシング
10の文明のために私は6人のコンポーザーたちと仕事をしましたが、彼らの才能とゲーム内にすべてが収まるように私が何度も調整を依頼する中で、彼らが示してくれた忍耐力には頭が下がる思いです。本ブログの目的はCombat Intensityシステムの特徴を紹介することですが、ここで感謝の気持ちを表したいと思います。
Tilman Sillescu – リードコンポーザー / モンゴル、神聖ローマ帝国、メインテーマ、フロントエンドのループ
Alexander Roeder – 中国、イングランド、オスマン時代4
Henning Nugel – ルーシ、アッバース朝、マリ時代1・2
Armin Haas – デリースルタン、マリ時代3・4、モンゴルのキャンペーンドラム
Christian Wirtz – オスマン時代1・2・3
Mikolai Stroinski – フランス
セグメントやレイヤー単位で音楽を作曲するという複雑さもさることながら、コンポーザーは音楽として何時間聴いても飽きず、かつプレイヤーの気をそらせたり、効果音や台詞と競合したりしないものを作曲する必要があり、苦労したことと思います。このバランスが難しいのですが、どのコンポーザーも見事にやり遂げてくれました。
作曲の承認後、Dynamedionはさらにオーケストレーション、ライブレコーディングのスケジュール調整、制作協力などに対応したほか、ライブレコーディングの編集、ミュージックミキサーに渡すミックス前セッションのとりまとめなども行いました。ミュージックミキシングを担当したのはロンドンのAir Studios所属のRupert Coulsonです。実に国際的な取り組みとなり、今回のチームで仕事ができたことはこの上ない喜びであり、本作の音楽が世界中のプレイヤーやファンたちの反響を呼び、2022年Canadian Game AwardsのBest Score / Soundtrackを受賞できたことを大変嬉しく思います。
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