『Tell Me Why』のオーディオ日記パート2 ミュージック

ゲームオーディオ / サウンドデザイン

『Tell Me Why』の音楽には、キャラクターのストーリーや感情を裏付けるような根本的なデザインが入っています。この物語では、2人のメインキャラクターに密着し、熟考しながらゆっくりとしたペースで進み、彼らの内面に近づきます。自分たちの家族の過去を受け入れていくというストーリーには、引き込まれそうなメランコリックな不安に基づく独特の感情が、丸みのあるカラフルな希望へと展開する可能性が要求されました。 

音楽 

ライアン・ロットと共に 

Ryan Lott Composer

『Tell Me Why』の企画当初から、音楽的に参照したのがサン・ラックス(Son Lux)でした。だからこそ、コンポーザー候補の一人として最初にあがったのがライアンでした。ところが、彼はビデオゲームの仕事は未経験でした。ある意味、それはリスクです。と同時に、私たちがまったく予期しないことが手に入る、ほかにはない新鮮な音楽的アプローチが約束されます。彼は映画やバレエの作曲も手掛けたことがあり、異なる媒体に合わせて作曲できる彼の能力を表していました。

さて、候補者の数を絞り、コンポーザーたちに短いミュージックデモの作成をお願いしました。私たちの意図を表したオーディオ無しの動画『MoodTrailer』に基づいて作業を進めるように依頼しました。そして、ゲームの概要だけを、つまりストーリーの簡単な紹介とゲームの柱だけを送ることにしました。音楽の参考資料やミュージックトラックの例などは全く渡さず、楽器やジャンルなどあらゆる観点で、完全に自由に解釈してもらいました。コンポーザーがプロジェクトの中を覗き、自らゲーム世界に没頭して、私たちの期待を知らずにとても個人的な提案をしてもらえるようにしました。

ライアンは、このゲームに素晴らしいミュージックを提案してくれ、それは親しみやすく、同時に、洗練されていました。このあと、実際に会ってみると、クリエイティブチームと彼との間に本物のつながりが感じられました。ゲームのクリエイティブな要点をすぐに理解してくれ、自分の解釈も持っていたので、とても実りのある出会いでした。彼こそ、このゲームに最適なコンポーザーだったのです。 

楽曲は、キャラクターが経験する激しい感情的なシーンを、見事に強調してくれ、キャラクターに対する親近感がわき、強い共感が生み出されます。

Bondに関するアプローチ  

ライアンは、描写に合わせたオーケストラの楽曲や、記憶を呼び起こす仕組みであるBond(絆)のシステム的な音楽など、素晴らしいゲームスコアをつくり出してくれました。 ちなみに、この部分は非常に難しく、それはBondの仕組みに2つの補完的なニーズがあったからです。まず、ミュージックレイヤーやゲームプレイの仕組みを作成するのに、統一された合図やフィードバックが必要です。同時に、ゲームに出てくる記憶のシーケンスは、それぞれ固有のものなので、同じ音楽が流れるのを防ぐためにカスタマイズが必要でした。 

Bondとは? 

Bond(絆)は、アリソンとタイラーをつなぐテレパシー能力のことです。2人が気持ちや考えを共有する手段です。例えば、別々の場所にいても会話ができたり、ほかのキャラクターに聞かれずに話せたりします。 

Bondは記憶を共有する手段でもあり、プレイヤーは、Bond Memory(絆の記憶)という仕組みで短いシーケンスをトリガーして2人の過去の記憶を呼び覚ますことができます。一部のMemory Bondは必須であり、プレイヤーが先に進むには、この記憶を最後まで見届ける必要があります。ほかにも選択的なMemory Bondがあり、プレイヤーがどうプレイするかに基づいています。ストーリー性の観点で見ると、Bondは双子の子供時代の記憶を呼び覚ます方法です。ゲームプレイの観点で見ると、Bondはパズルを解いたり何かを見つけたりする手段で、プレイヤーを刺激し、引き込んでいきます。こちらはエピソード1の例です: 

 

 

Memory Bondの仕組みは? 

記憶のシーケンスは環境の中に配置されていて、Bondアクターという特定の場所からトリガーできます。プレイヤーはBondビューという、絆の記憶を明らかにしてくれるビューを使い、単純に「近い」「遠い」を耳や目にうったえるセンサーシステムというフィードバックに基づいてで、このBondアクターがどこにあるのかを見つけます。 

プレイヤーは、Bondアクターを見つけ、Bondにフォーカスをあてることで、記憶のシーケンスをトリガーできます。なお、このシーケンスはシネマティック場面ではありません。つまり、プレイヤーはそのまま、移動したり探検したりできます。あまり離れずにシーケンスを見ていれば、シーケンス自体は再生され続けます。逆に離れすぎるとシーケンスが終了してしまい、続きを見るには、最初から再開する必要があります。

このゲームプレイの仕組みに合わせて、マルチレイヤのミュージックスコアを構築しました。  

このスコアは、プレイヤーがMemory Bondのセンサー範囲に入るたびに再生され、範囲外に踏み出すと停まります。おかげで、全体が常にキーが合い、同期されます。また、RTPCとStateを使ってリアルタイムで音楽をBondの仕組みに適応させます。 

どのレイヤにも、独自の目的があります: 

Sensor(センサー)
センサー機能のオーディオフィードバック。プレイヤーがBondアクターに近いのか、遠いのかを示します。オーディオ例: 

BondGeneral(絆一般) 
Bondのステート、つまりプレイヤーがBondビューをオンにしたことを表します。オーディオ例: 


BondFocus(絆にフォーカス):
 
プレイヤーはBond Memoryを見つけると、数秒間、インプットを押し続けて、フォーカスを当てる必要があります。フォーカスしている、という感覚を出すのがこのレイヤです。 
オーディオ例: 


Melody(メロディー): 
 
記憶シーケンスの再生中は、このレイヤがプレイヤーに聞こえます。シーケンスに伴うのはピアノのメロディが基本で、ほかのレイヤが加わることもあります。オーディオ例: 

Music Segmentの中の複数のレイヤを示したWwiseのスクリーンショットです: 

TellMeWhy_Multilayer

これらのレイヤは、以下のRTPCやStatesによって、リアルタイムに変化します:  

SensorRangeRation RTPC 
プレイヤーとBondアクターの間の相対的な距離を表し、0 は近距離、1 は遠距離を意味します。

BondFocusingProgression RTPC 
フォーカスを当てる行為の進捗状況を示す浮動小数を送信するもので、フォーカスし出したときは 0、プレイヤーが無事フォーカスを当ててシーケンスがトリガーされたときは 1 となります。

Bond STATE 
Bondビューがアクティブかどうかを示すブール値。

BondSequence STATE 
シーケンスを再生中かどうかを示すブール値。
レイヤのボリュームを制御し、ほかにもフィルター、リバーブセンド、さらにサチュレーションドライブまでも... 

TellMeWhy_PianoMelody

TellMeWhy_BondFocus

TellMeWhy_BondFocus_Distortion

音楽と、ループするマルチレイヤを、あえて統合すると、なかなかユニークな結果になります。 

まず、プレイヤー入力に音楽をぴったり同期させる方法の1つです。音楽が非常に敏感に反応し、プレイヤーの入力に瞬時に対応します。音楽がゲームプレイに「くっつく」のです。また音楽が絆そのものの一部であるという感覚を生み出し、ただ付き添っているだけではないことを示します。 

そして何よりも、一貫性をもたらします。音楽には複数のレイヤが含まれ、それぞれ目的が違うとしても、結果的にプレイヤーの耳に届くのは一つのまとまった音楽です。ライアンの作曲の中にそれが表現されています。互いに補完するようなレイアを作曲してくれたので、簡単にリミックスできます。彼の工夫と、レイヤを用いたサウンドデザインのおかげで、音楽がマルチレイヤに基づいた曲ではなく、展開し続けるサウンドスケープのようにプレイヤーに感じられます。流れるように、プレイヤー入力に従って形成される液体のような音楽です。有機的で魔法のような感覚をもたらしますが、それこそBond Memoryシステムが要求するものです。 

バリエーション

ストーリーの観点からも、ゲームプレイの観点からも、納得のいくデザインが必要でした。ところが、両者の要求が相反することもあります。ナレーションには独自性が必要で、双子の絆の記憶は、1つ1つが特別でなくてはなりません。同時に、ゲームプレイに必要なのは合図や反応で、一貫性が求められます。一番の課題は、これらを融合させることでした。一方では、プレイヤーが聞き慣れるような合図やフィードバックを出す、一貫性のあるオーディオデザインの作成が必要です。他方では、異なる雰囲気や、充分なバリエーションをもたらす柔軟性が必要です。

そこで、ライアンにバリエーションを数種類、構築してもらいました。ゲームプレイとナレーションの間でバランスを保てるように、センサーは、どのバリエーションの場合も同じにしました。センサーがプレイヤーにとって重要なフィードバックであるからで、プレイヤーはこれさえ聞けば、Bondアクターが近くにあることが分かります。

ライアンは、ほかのレイヤ用にピアノのメロディーのハーモニーを何種類か作成してくれました。メロディーは常に同じですが、ハーモニーの内容によってムードががらりと変わるので、バリエーションと一貫性の、ちょうど良いバランスが取れます。 

Bond(絆)のバリエーションの例 

Bond(絆)の別のバリエーション 

このスクリーンショットは一般的なBond Music Segmentのバリエーションで、BondFocusレイヤやGeneralBondレイヤは異なり、SensorレイヤやMelodyレイヤは同じままです。さらにライアンは、特定の感情をもたらすために、追加でPadレイヤを作曲ました: 

BondVariations

時々、楽曲の再生中に、プレイヤーにMemory Bondシーケンスをトリガーする機会が訪れます。そういったときはBondミュージックと作曲された曲の両方を適応させて同時に再生する必要があります。 

作曲された音楽 

システム的なBondミュージックと、作曲された音楽が、オーバーラップできるようにするという挑戦は、ゲームのいたるところで発生しましたした。すべてのレベルの音楽の流れを明確に把握し、作曲された音楽の再生中に、システム的なBondミュージックがトリガーされる可能性があるかどうかを、知る必要がありました。 

こちらの例では、作曲された音楽が、双子が取調室に入った時にトリガーされます。ところが室内にはBondアクターがあり、再生中の曲とオーバーラップする恐れがあります。ライアンは作曲する時点で、オーバーラップの可能性を把握していました。そこで音楽的に互換性のあるミュージックをライアンが作曲し、さらに、私たちは、ゲームがBondステートにあるときに、以下のように音楽を変化させることにしました:

 

次回のブログでは、シネマティックやアンビエンスのサウンドデザインにおける、クリエイティブな流れを紹介するので、お楽しみに。  


Mathieu_cercle

 

マテュー・フィオレンティーニ(MATHIEU FIORENTINI)
サウンドデザイナー Tell Me Why
DONTNOD

フランス人サウンドデザイナー。ビデオゲーム業界歴12年以上。最近のタイトルは『Tell Me Why』『 Watch Dogs Legion』『 Detroit Become Human』など。ISART Digitalで、WwiseとAbleton Liveを教える。

soundcloud.com/yakiemusic

ルイ・マルタン(Louis Martin)

オーディオリード | Tell Me Why

DONTNOD

ルイ・マルタン(Louis Martin)

オーディオリード | Tell Me Why

DONTNOD

ビデオゲーム業界歴13年。DONTNODのオーディオリードとして『Remember Me』『Life is Strange』『Vampyr』、そして最近では『Tell Me Why』に携わる。前職Ubisoftでは、オーディオデザイナーとして『Ghost Recon Future Soldier』などのプロジェクトに関わる。

https://soundcloud.com/hellooomister

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