『Tell Me Why』のユニークで印象的なストーリーの流れを、私たちがオーディオで強化するチャンスは、豊富にありました。私たちのシネマティックディレクター兼クリエイティブディレクターは、サウンドを巧妙に映像と合わせる無限の可能性に敏感な人でした。だからこそ、私たちはオーディオだけを使って、大切な気持ちの表現を深めることができたのです。
そんな私たちの創作過程がよくわかる例が、エピソード2の殺人の夜のシーンや、エピソード3のシーンなど、アリソンの不安と罪悪感がますます顕著になっていくときです。シネマティックディレクターは、アリソンの不安をオーディオ中心で表現したいと考えていたので、私たちはカメラ部門と緊密に連携し、これらのシーンにオーディオ主導のリズムを導入しました。
アリソンの不安
エピソード2からは、クリエイティブディレクターが、母親のメアリー・アンを殺したことで罪悪感を感じ始めて真実を想像できないアリソンの気持ちを、プレイヤーに伝えるために、サウンドのセットを求めていました。また、採用した一式のサウンドは、エピソード3でアリソンの不安が徐々に強まってパニックに陥るときにも、利用する必要がありました。
アリソンの頭の中と、サウンドデザインの構成
シネマティックディレクターのタラル・セラミ(Talal Selhami)はとても具体的なアイディアを持っていて、アリソンの不安を示すのに音楽に頼りたくないと考えていました。アリソンの頭の中で、ぐるぐる回る体内の寄生虫のような音をつくることで、メアリー・アンの声も含む終わりのない焦燥感をつくるのが全体的な計画でした。この焦燥感をシネマティックス場面の黒い画面のときに再生する必要があり、その目的はテンションを上げることでした。それでは、このために作成したメインのステムを紹介します。
内なる寄生虫
私たちは、ピアノのストリングの断片や、水中の動作など、沢山のソース素材を、Jez Ryleyの最高のカスタムコンタクトマイクやハイドロフォンを使って収録し始めました。コンタクトマイクを使えば、「内なる」音にするためにプラグインでごまかす必要もなく、私たちの目的にぴったりでした。生の素材でレイヤだけをつくり、そこにLFOを追加してリズム感を出し、黒の画面の動画のときに、このシーケンスのテンションをあげていきました。
メアリー・アンの声
ボイスオーバーの処理について...VCV RackやSoundtoysバンドルで結構楽しみながら、メアリー・アンの音声をとても怖いものに変えていきました。頭の中でそれを聞いた瞬間に、アリソンが逃げ出すくらいに恐ろしい音声にすることが目的でした。
素晴らしいAudible Texture Synthを取り入れた、とても基本的なパッチを使い、メアリー・アンの声を基に無限のループのようなものをつくりました。
そして、これらのループと、聞き取ることができる台詞を組み合わせることで、印象に残るようにしました
耳鳴り
耳鳴りは、この一連の音の最後のサウンドであり、それは耳鳴りほど誰でも共感できるストレスとトラウマの表れはないからです。耳鳴りの高周波部分に使ったのは、メタリックなハイピッチのトーンのレコーディングで、前述と同じVCVパッチで処理しました。低周波については、低周波の風の音と、太鼓のパーカッションを組み合わせ、ローパスフィルタの処理だけを適用しました。
アラスカの静けさ
『Tell Me Why』のアンビエントサウンドの中でも特に設計が難しかったのは、自分たちがアラスカを訪れたときに感じた本物の静けさを再現することでしたが、思ったよりも「沈黙」の扱いに苦労しました。
キャラクターのフォーリー
静かな環境ではメインキャラクターのフォーリーの、ちょうど良いレベルのディテールが必要です。メインキャラクターの衣擦れ音やフットステップ音を、幅広いジェスチャーで録れるように努力しました。衣擦れ音やフットステップ音のレコーディングには、三研のCos11とノイマンのKMR81を使いました。
フットステップ
フットステップはプレイヤーの移動速度に合わせて変わり、Unrealのランドスケープシステムの地面素材によっても異なります。
Unreal 4 Landscapeツールは、壮大な地形に基づいて屋外をつくるツールです。景観や地形で表現されるランドスケープを、大きくて複雑な素材として考えることができ、それを環境アーティストが、形づくりペイントしていきます。複雑とは、複数のテキスチャから成る素材、という意味です。各テキスチャが、以下のようにランドスケープの1つのレイヤに関連付けられます:
1つのランドスケープに対し、1つのRTPCを付けることができるシステムを使って作業しました。RTPCは、各レイヤのペイント率を表します。これでプレイヤーが歩く地面のテキスチャを把握できます。また、そのペイント率も分かります。
次に、全てのRTPCをBlend Containerに入れて、各レイヤを制御します。このシステムを使うことで、地面素材のバリエーションを多数、手に入れることができ、地面の素材の特定のレイヤーセット用に、新しいアセットをつくる必要がありませんでした。
例えば環境アーティストが、ランドスケープに「草、砂利、雪」をペイントすれば、私たちはオーディオアセットの更新を気にすることもなく、全てがRTPCで勝手に対応できます。
衣擦れ
『Tell Me Why』では室内環境が静かな場合がほとんどなので、キャラクターの衣擦れのフォーリーは、私たちが努力した点の1つでした。多くの衣装を使い、「走る」「歩く」「起き上がる」など多様な動作をレコーディングしました。また、ゲームの製作中に追加されたほかの動作については、ランタイムにボリュームやピッチを変化させるようにしました。例えば、 ゆっくり歩く という動作は、 歩く という動作と同じにして、ボリュームとピッチを変えました。
なかにはキャラクターに関連する特定の小道具の音を再生させることもあります。例えばタイラーのジャラジャラする鍵の音は、プレイヤーが走ったり階段を上り下りするときだけに再生されます。
アンビエンス
アンビエンスのデザインと実装は、最終的に次の2つの柱を中心としています:
1) 遠近の音のコントラストを出す
私たちは、できる限り起伏を表現し、環境の奥深さを感じやすいように、被写界深度をつくり出そうとしました。そこで、事前にベイクしたリバーブと、ゲーム中のリバーブを組み合わせて、一部のSFXエミッターをテレポートさせました。
3D Automationの設定で、リスナーのポジションに対し、新しいサウンドが始まるたびにポジションがランダムに変化するように管理しています。そして、減衰にUser-defined aux sendを適用し、そのSFXとユーザーの間の距離の違いに従ってリバーブの量を管理しています。
2) アンビエントベッドの一貫性を保ちつつ、邪魔にならないようにする
風や空気の音色といった、静かで野性的なアンビエントベッドは、プレイヤーがマップ内を探検するときなどは、かえって耳障りで単調に聞こえてしまいます。それを回避するために、いくつかのベッドのレイヤにモジュレータLFOを追加し、ボリュームのバリエーションを常に出しました。モジュレーションをオーディオファイルにベイクせず、ランタイムにWwiseのLFOを使った理由は、LFOの周波数やDepthの設定が、リアルタイムで実行したほうがかなり効率的だと気づいたからです。設定をゲームの開発中に簡単に更新することも可能です。
また、風速のRTPCをたよりに、環境アーティストたちが用いる風の強さに合わせ、主なアンビエントベッドのボリュームやEQ、そしてLFOモジュレータの周波数を、適宜変化させました。方法は簡単で、UnrealブループリントでWind Systemの風速を管理する float に SetRTPC 関数をフックするだけです。
私たちのオーディオ日記の最終回は、ゲームをサラウンドサウンドでミックスしてマスタリングするにあたり、私たちが下した技術的、そして芸術的な判断についてです。
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ルイス・マルタン(LOUIS MARTIN) |
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