Hellion は完全にニュートン力学に基づいたファーストパーソンの宇宙サバイバルゲームです。ここでは、いかに宇宙をリアルに再現できるかが没入感あるゲームプレイを導く上でのカギとなりました。宇宙で生き延びるためには適切な装備が不可欠で、宇宙船や宇宙ステーション、エアロック、宇宙服など、特に気を付けてリアルになるようにしました。空気圧や大気圧も、ゲームの重要な役割です。
当初からオーディオ部門の主な目標の1つが信憑性のある音の伝播と聴感で、プレイヤーに宇宙の危険を感じさせながら、本当に何もない環境の冷たい真空状態に囲まれているかのように思わせて、生き延びる力を引き出します。
私はライセンス提供のサウンドライブラリをできるだけ使わないで、可能な限りオリジナル録音を使用しようと決めていました。それでも、どんなに良質な録音やサウンドエフェクトも、正しい実装とミキシングなくしては使い物になりません。だからこそHellionの開発がスタートした時に、いつものソフトではなくWwiseを試してみようと考えたのです。結果は、びっくりするほど良くできたと言っても大げさではありません。
Hellionでの健全な実装
Hellionの音の伝播
真空状態では音波を伝える空気や媒質がないので、音が聞こえるのは直接の衝撃か固体と接触している時の振動だけです。それも元の音が振動として宇宙服の中の閉ざされた空間に到達するまでには、音のプロパティが劇的に変化します。水中で音を聞くのと似た効果ですが、音波が固体を伝わる時の方が強調されます。細かい部分は失われ、音速が変わるとピッチやその特徴(周波数、レゾナンス)も変わります。このような特性が影響を受ける度合いは、音を伝える媒質やその物体の本来のレゾナンスなどにもよります。
このエフェクトを正確にシミュレーションしてゲームデザインの観点からも使えるように、かなりの時間をかけて研究、実験、そして調整を続けました。単純に音にローパスフィルターやイコライザーを適用するだけだと、いい音が出ません。
ゲームに登場する壁、床、宇宙服、ヘルメットなど媒質を通る音のシミュレーションには、Wwiseの Convolution Reverbプラグイン のインパルスレスポンスを、Cubaseでデザイン済みのサウンドをBlend Containerに入れたものと組み合わせて使いました。
ゲーム全体で使ったインパルスレスポンスが2つあり、アルミ管のインパルスレスポンスと、金属バケツのインパルスレスポンスです。数ある中から選びました。さらにリアルタイムイコライザー、コンプレッサー、そして様々なディストーションプラグインも合わせることで、満足いく効果が得られました。
以上をWwiseで全て自動化して、空気圧が下がるにつれ自然音が徐々にこのようなエフェクトに入れ替わるように、Wwise Atmosphereというパラメータを新たに作り、プログラマがこれをUnityでゲームの空気圧パラメータに接続しました。このパラメータでコントロールされるのは、イコライザー、ディストーションエフェクト、コンボリューションリバーブ、バスのボリューム、ボイスのボリューム、そしてBlend Container設定です。
また、Wwiseのゲームオブジェクトの距離減衰を自動化するために、Unityでコードを書きました。つまり、空気圧が下がるほど、距離減衰の最大距離(max distance)が小さくなるのです。基本的に真空状態の時にプレイヤーに聞こえるのは、とても近くにある物体のこもった音だけです。この処理は、音を出す物体に触れた時のエフェクトのシミュレーションや、非常にパワフルなエフェクトが遠くで発生してから他の表面を経由して低周波のランブル(振動)として間接的に聞こえ感じ取れるようなシミュレーションに、使いました。
当然、これはプレイヤーがヘルメットをかぶりバイザーを下ろしていて、ヘルメット内の空気が媒質の役割を果たす時に限ります。Wwiseで NoHelmetNoVisorというゲームStateを作り、真空状態でプレイヤーがヘルメットを装着していなかったりバイザーを開けっぱなしの時は、聞こえるのが自分の鼓動と苦しそうでくぐもった息だけにしました。 HelmetVisorStatus というパラメータも作成して、息ができる空間でバイザーを下した状態ではのヘルメット外の音はイコライザーを替えて、UIやキャラクターの呼吸音も多少大きくすることにしました。
フォーリー、録音機器、そしてサウンドデザイン
アンビエンス
スタジオのコントロールルームでライブ録音中(Neumann U87使用)に一度、間違えてCubaseのアーティストのチャンネルモニタリングを付けっぱなしにしてしまいました。スピーカーのボリュームを上げると、なんとも美しく大音量のフィードバックサウンドが聞こえたのです。このエフェクトを翌日すぐに再現して、室内の物音を録音するのに AKG C414 XLII ステレオペアを使いました。この音こそ、Hellionのトレーラーやインゲームの室内のバックグランドアンビエンスのほとんどで使われるレイヤの1つになったのです。
Devotion Studiosのコントロールルーム
スタジオの空調システムをAKG C414ペアで録音する時にも、同じようなことをしてみました。60cm厚の壁で仕切られた部屋間の低周波フィードバックやランブルを作成するのには、 Geithain RL 901K が充分な大きさと音量でした。これもまた、Hellionのトレーラー、宇宙空間、室内など、バックグランドサウンドで使ったエフェクトの多くで採用したレイヤの1つです。
もう一つ特記すべきことは、これらのエフェクトが全て Soundtoysプラグイン、 u-he Uhbikプラグイン、 Lexiconリバーブプラグイン、そして CubaseのReverenceプラグインを必ず通ることです。
ドア
適切なレイヤを完成させるのに、1つのドア音につき複数の録音が必要でした。これには、何枚もの鋼製の重量扉や空調管、古い金属ベッド、棒などがあるスタジオの地下室が理想的だったわけです。 Rode NTG3 を1本、部屋中央に向けてから、30分くらい手あたり次第の物を動かしたり引きずったり叩いたりしました。
Studer B-67と地下室の最高の組み合わせ
再びコントロールルームでは、 Studer B-67 Tape Recorder を使って古いテープを早送りして録音しました。これこそ、ゲーム内に出てくるサーボモータのメインサウンドです。さらに、メロディを加えたり大きさの違いを表すために使ったのが、 u-heのUhbikグラニュラーピッチプラグインです。
次に取り組んだ録音がCustom ElectronicsのShack Monitoring Controllerで、大きなツマミは強く回すとかっこいい音が出ます。またラックユニットの基盤のリレーは、ボリューム設定を変えると面白いクリック音が出るので、これも録音しました。
空圧音を作るのに使ったのは、友達のガレージにあったエアポンプ。そしてドアに重量感と低音を加えるために業務用金属カッターやその可動部分を録音して、さらに reFuseのLowenderプラグイン も利用しました。これの主な目的は、ボディやテキスチャを追加することでした。
裏話ですが、Zero Gravityのアニメーションロゴの動画に出てくるパーカッションのバスの大部分は、先ほどのクレイジーな室内フィードバック録音中にAKG C414ペアのマイクスタンドを誤って蹴り倒してしまった時のものです。
ウェポン
野外で本物の銃を撃って録音するだけのリソースはありませんでした。幸い、うちのCEOがエアソフトガンの熱心なファンなので、彼のエアソフトライフルを使って録音しました。この録音を、Cubaseでかなり編集しました。使ったプラグインは Transient Designer、 Lowender、 Uhbik、 FabFilter Q、 UADのClassic Limiter Collection、 Decapitator、 Devil Loc Deluxeなどで、それを商用サウンドライブラリの本物の銃の録音と合わせて、最終的にはWwiseでレイヤを重ねて仕上げました。クリック音は全て前述のエアソフトガンを録音しましたが、場所は私のフォーリールームの管理された環境です。
野外録音セッション
キャラクターの動き
キャラクターが動く音は、足音の種類、宇宙服の種類、そしてウェポンの種類の3つで分けました。没入感を強めるには細部にこだわることが重要なので、キャラクターの宇宙服、手にする物体、そして動きの向きや種類などを全て考慮して、歩いたり走ったりジャンプしたりする音を変えました。
Hellionの今後
Hellionには高度な宇宙船システムや宇宙ステーションシステムが出てきます。例えば生命維持、電源、FTLなどのシステムです。これらのシステムをプレイヤーが正しく操作し、維持し、修繕するには、正しい動作を促すための適切なオーディオキューやサウンドエフェクトが必要です。例えば生命維持システムを構成する空気発生装置、ノード、エアフィルタなどをレイヤとして組み合わせることで、室内のアンビエンス全般が成立します。適切なAIキューや警告音、故障音エフェクトなどが聞こえれば、プレイヤーは何が起きているのかを正確に把握できます。Wwiseの数々あるクールな機能を使いこなせば、絶対にできると我々は考えています。
まとめ
私はレコーディングスタジオでの経験が長いので、Wwiseの使い方は問題なく分かりました。公式トレーニングプログラムもあり、直感的に使えるWwiseのインターフェースは分かりやすく、オーディオエンジニアやミュージックプロデューサーであればすぐに使い始められるはずです。基にあるロジックが、素晴らしく、様々なコンテナタイプ、手順ごとに設定できるRTPC機能、ミキサー操作、そして特にログやグラフで全体を見渡してモニタリングできる画面などが便利です。私が特に感心した機能の1つがConvolution Reverbで、このエディタを使えば文字通り全く新しいインパルスレスポンスが作れます。
ただ、一番大事なWwise機能の1つは、やはりオーディオエンジニアとサウンドプログラマの作業をシームレスにつなげることだと思います。オーディオデザインとプログラミングの世界を本当に融合するもので、経験豊かなユーザも初心者も、真新しい可能性を見出せるはずです。
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