はじめに
『SEASON: A letter to the future』は自分の心を見つめ直し、物思いにふけ、反射的なメカニクスを楽しむ風情豊かな旅のゲームです。プレイヤーは周りの幽玄的な世界を理解しようと苦心しながら、手遅れになる前にその核心に迫ります。
このゲームではユニークな方法でプレイヤーのアクションに重みづけをしています。プレイヤーは無造作に置かれたオーディオログを探し回るのではなく、積極的に写真を撮り、ゲーム世界の住民との遭遇を記録し、極めて詳細につくり込まれたサウンドスケープのさまざまな要素を録音してゆきます。主人公の日記に記録し、揺らめく世界のストーリーを解き明かすためです。
フィールドレコーダー
これは私たち音のプロフェッショナルが大好きな習慣の1つにピッタリのゲームです。つまり興味惹かれる音の収集です。この機能は最初に「2020 Game Awards」のトレーラーに登場しました。
動画はゲーミングコミュニティでかなりの注目を集め、Scavengers Studioがストーリーやゲームデザインでこの機能の役割をさらに広げることにしました。
最終デザインはオーディオチームとデザイン、プログラミング、ナレーションの各チームの共同作業の繰り返しから編み出されました。Unrealで各種の「ジム」を揃え、コンセプトのさまざまな表現方法のアイデアを試し、それを日記の記録システムの中でどのように扱うのか(そしてストーリーの展開の中でどのように扱うのか)を考えました。あらゆる手法の中で結果的に私たちが選んだものは、おそらく最も野心的でエンジンのオーディオキャプチャを利用するだけでなく、ストーリーを解明し深める日記の記載が録音した内容に応じてトリガーされます。要するにインエンジンで行う撮影の「フォトモード」の考え方を、オーディオにも適用したのです。
できるだけ「リアル」に感じられるよう、どの場所においても録音できるようにし、収録をそのまま日記に保存できるようにしました。日記の録音ファイルを再生した時に聞こえてくる音は実際に自分が録音したものであり、録音しようとした音の、洗練された「ベイク済み」バージョンではありません。
この機能があるだけで、オーディオの設計や実装方法が大きく影響を受けました。専用の技術を開発する必要がありました。
ゲームのサウンドスケープ面での対応
前の段落で言及しましたが、このゲームのサウンドスケープをデザインする上で最も苦労した点の1つが、どの場所も物体も調和のとれた均質な方法で録音できるようにすることでした。
通常のゲームのアンビエンスでは3種類のテクニックを組み合わせています:
- 「場所」にリンクしている2Dサウンド
- (ブループリント上で)「オブジェクト」にリンクしている3Dサウンド
- 環境に手作業で配置する3Dサウンド
3Dサウンドの方が2Dアンビエントパッドよりもランダム性やユニークさを表現してくれるため、前者を多用しました。しばらく研究した結果、私たちは景色の中のほぼすべての要素に手作業で音を配置することにしました。1本1本の木や茂みに音源があります。それは文字通り数1000個にも上ります。
ブループリントではなくこちらの手法を選んだのは、個々の場所で自由に微調整できるためです。時間のかかる作業でしたが、それだけの価値がありました。私たちは同じ方法で川や崖の経路に沿って音源を配置し、その連続性を偽装しました。
ただしこのシステムにも欠点がなかったわけではありません。同時発生する音の位相問題を避けるために多くのランダム化を適用したほか、ボイス数やパフォーマンスを制御するため、距離に基づくかなり手厚いプライオリティシステムを運用しました。
どのようなしくみか
レコーダー自体はカスタムプラグインであり、Wwise APIを使用してUnrealに直接C++でコーディングしています。Wwiseのマスター出力をこのアプリの保存データに、オーディオファイルとして記録します。このオーディオファイルを日記でトリガーすると、Wwiseオーディオ入力プラグインを使いオーディオファイルがミドルウェアで送り返され、実際のゲームプレイで再生されます。録音をストーリーのダイジェティック世界に戻して再生し、特定のNPCに聞かせ、音の風景や織り成されるナレーションの一部として、その意味をNPCに詳しく説明してもらうこともできます。
音を録音する感触は?
ヘッドホンを装着して録音をはじめた瞬間、私たちの音の認識は劇的に変化します。人間は聴き、マイクは聞くだけ、とよく言われます。マイクで収録された音をモニタリングする時、普段は自分が無意識に無視してしまうような細部まで聴こえ、音の認知が実際にどれほど偏っているのかに気づくことがあります。私たちはこの感覚を正確に再現したいと思いました。
部署をまたぐチームメンバーたちの力で、聴覚のフォーカスを合わせる方法をいくつも試しながら検討をすすめました。その時に参考にしたことの1つがHildegard Westerkampのサウンドアート作品『Kits Beach Soundwalk』で、彼女はバンクーバー湾のキッツィラノビーチに出向いて収録し、微細なフジツボ周りのシュッと吹く音に注目する様子をナレーションしながら、スタジオのポストプロダクション技術を駆使して耳を澄ませるという心理的体験を再現しました。
1つのサウンドオブジェクトを「深く」聴くという親密感のあるリスニング体験を私たちは求めていましたが、背景の環境が失われて後から再生した時にあまりにも演出的で人工的な感じとなってしまうことは回避したいと考えました(それぞれの音を取り巻く環境の文脈こそ、場所の雰囲気を呼び起こす大きな要素です)。また物語的に重要で意図的に配置された音だけでなく、全体的な環境のアンビエンスも録音できるようにしたいと思いました。カメラと同様にレコーダーも可能な限り自由に使えることが不可欠でした。
これを実現するために3つの異なるステートがあり、レコーダーの利用状況に応じてゲームのリアルタイムのミックスやフォーカスが影響を受けます。
- レコーダー「オフ」:通常のゲームプレイ
- 手にレコーダー:モニタリング中
- 手にレコーダー:録音中
ステート1:通常のゲームプレイ
このステートではサウンドスケープから発せられる3D要素へのフォーカスは非常に幅が狭く、主に目の前にある音だけが聞こえます(後述する記念品は例外ですが)。ほかのミックスモディファイアは使われません。
ステート2:手にレコーダー、モニタリング中
レコーダーを出した時は音楽とボイスオーバーがミュートされます。3D要素へのフォーカスがより顕著となります。2Dアンビエンスが6dB下がります。その上「記念品」(下記参照)は5dBブーストされ、存在感がさらに増します。最後にコンプレッション、周波数帯の変化(EQ)、わずかなディストーションなどがミックス全体に加わります。これはビンテージレコーダーに接続されたヘッドフォンで聴く状態のシミュレーションです。ゲームの目的上、マイクはステレオとしています。
ステート3:録音中
ステート3はステート2とほぼ同じですが、クリーンな録音ファイルとするために周波数帯の変化(EQ)やディストーションはバイパス(取り消し)しています。コンプレッサの設定も若干異なります。
PS5のヘッドホンミックスでは3DオーディオにソニーのTempestシステムを採用しており、音の空間的な配置が強調されて指向性が強くなるため、ステレオレコーダーに切り替えた時にミキシングの変化がより顕著で気づきやすくなっています。
記念品
記念品つまりコレクティブルは、プレイヤーに録音して記録してほしい特別な3D要素です。最初にオーディオチームがデザインしてゲームのライターやデザイナーに提出し、そこからストーリーやレベルデザインに盛り込まれた例が多くあります。オーディオがレベルデザインに影響を与える貴重なチャンスです。
あるキャラクターのサウンドの「いびき」があまりにも特徴的で、それをあえて記念品にしたことは、私たちの懐かしい思い出です。Vibe Avenue社員のリアルないびき…かもしれませんよ!
記念品には録音前と録音後の2つの異なるステートがあります。
録音前
未収録の記念品の音は大きく、より頻繁に聞かれます。注意を引くためにほかの環境音に対してサイドチェイン(音量の抑制)が行われます。専用の長い減衰カーブが設定され、遠くからでも聞こえるようになっています。そしてフォーカスの幅が広いため、プレイヤーが向こうを向いている時にも聞こえます。
録音後
収録されてしまった記念品は目立たせる必要がなくなります。その頻度は減り、例えばセミの特徴的な鳴き声などは発せられる回数が少なくなります。音自体も小さくなり、サイドチェインが無効になります。さらに減衰カーブやフォーカス設定が、ほかの通常の3D要素と同じものに切り替わります。
記念品の録音に成功した時はゲームのストーリーの理解が深まる特別な台詞も展開されるため、プレイヤーは遭遇したコレクティブルをできるだけ多く収録しようという気になります。
記憶の花
花は特別な記念品で、ほかの記念品と異なりレコーダーのステートによって音が変わります。通常モードではこの世のものとは思えない不思議な音が聞こえ、意味不明の絡まった逆再生の音声も混じっています(これはグラニュラーシンセシスを使用してあらかじめ準備されたスニペットに切り分けられ、ランダム化可能なコンテナに入っています)。加工処理された声はレコーダーを手にした時に大きくなり、魔法のオーラが漂います。いざ録音をはじめると花の中に保存されていた記憶の声が聞こえ、意味が分かるようになりますが、台詞に控えめなヴォコーダー処理がかかっているため幽玄的なトランス風の効果が残ります。このような段階的な変化をSpencerがKevin Sullivan(ゲームディレクター)と共に設計し、Spencerは方向性を説明するために自分のDAWで数種類のプロトタイプをモックアップしました。
ハプティクスフィードバック
記念品
テープレコーダーを手に持つたびに、近くの記念品によってコントローラが振動します。それに近づけば近づくほど振動が激しくなります。この効果はPS5で特に洗練されており、音源の位置に基づいてバイブレーションがコントローラの2つのハンドル間でパンニングされ、コントローラの振動から音の方向も感じ取ることができます。このようにプレイヤーをゴールに導くもう1つの手段としてハプティクスフィードバックを利用することができ、耳の不自由なプレイヤーのために強度を上げる設定方法もあります。録音過程で音が非常に中心的な役割を果たすため、どのプレイヤーにも何らかのかたちで音を体験してもらいたいと考え、コントローラのハプティクスは音を触覚に伝える(つまり変換する)手段としても機能します。私たちはハプティクスバスにコレクティブルとなる音源のオーディオを送信するシステムを作成し(DuelSenseはLeft/Rightオーディオ入力を使用してサブバス帯域の低周波で振動を制御)、必要に応じてハプティクス振動範囲(DuelSenseの場合は500Hz未満)にピッチを合わせ、聴覚だけでなく物理的にも感じ取ることで、録音という行為を多感覚に受けとめられるようにしました。
ただしハプティクスの世界では、音によって価値が異なります。記念品の中にはおもしろい振動を自然に生み出す音があります。一方でWwise Motionバスに送る前にWwiseでさまざまなエフェクト処理(EQやディストーションなど)をしてはじめて、効果的で読み取りやすくなる音もありました。全く機能しない音もあり、これらは実はWwise Motionソースに置き換えました。常に音をおもしろいコントローラ振動に繋げる必要がありました。
サイクリング
自転車をこぐ体験を強化するためにも、ハプティクスフィードバックを使いました。ペダルを最初に数回踏むと、コントローラに強い信号が送られます。こぎ出すと地面自体のWwise Motionソースから出るハプティクスが、自転車の向きや速度によって調整されながら感じられます。このために私たちはレベルデザインにあるさまざまなサーフェスとマッチし、サウンドデザインになじむようなハプティクス効果のテクスチャをいくつかつくりました。
まとめ
『SEASON: A letter to the future』に携わり、中でもテープレコーダーという特殊なメカニクスをつくことができたのは、サウンドデザイナーにとって夢のようでした。サウンドスケープの効果でゲームの没入感が信憑性のある有機的なものに感じられ、Vibe Avenueのチームが愛情を込めてつくったサウンドデザインは、Spencer Doranの作品やビジョンと共にゲームプレイによって高められ、中心的な存在となっています。真に革新的で創造的なサウンドデザインとは、必ずしも無限に重なるレイヤーから生まれる派手なサウンドとは限らず、時には谷間の風の音や水の流れの単純で穏やかなささやきが充分であることを示してます。
この記事はVibe Avenueのほかの作品と違わず、多分野にわたるチームメンバーによるコラボレーションの結果です。主なテキストはNikola VielとManuel Silvaが執筆し、プロジェクトのリードオーディオとWwiseのシステム設計はDylan Escalona、レコーダーのプラグイン制作はオーディオプログラマーのAlexandre Choinière、編集はFélix Leblanc、そして洞察力とアドバイスで全体をさらに向上させたのはFX Dupasです。インスピレーションを与える音楽とオーディオの方向性を提供し、この記事のまとめをサポートしてくれたSpencer Doranにも大変感謝しています。
Spencer Doran
『SEASON: A letter to the future』オーディオディレクター、コンポーザー
2023年7月にVibe AvenueのFX Dupas、Nikola Viel、Manuel Silva、オーディオディレクター兼コンポーザーのSpencer DoranがWwise Up On Airに出演してくれました。『Season: A Letter to the Future』の野心的で思慮深い音楽システム、ゲーム内バイノーラル野外レコーダー、ハプティクスフィードバックなどについて詳しく話してくれました。ライブストリームの録画配信はこちらでご覧ください。
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