世の中にはサウンドデザインや実装の技法などについて私より優れた書き手がいますので、私は2018年に執筆したブログ『理想の仕事』の続編を書こうと思います。
この部分についてもう少し詳しく説明したいと思います:
「私は最初から『クランチ』という概念を拒否して、お客さんにも、うちのスタッフは平日の9:00~17:00しか対応できないと伝えてきました。」
この引用文もこの記事もクランチ―で非常に具体的ですが、より広い意味も含まれています。つまり問題の発生源の多くは、労働者の健康に影響する問題も含め、どこかで誰かが「No(できません)」と言えなかったことにあるのです。
なぜ断ることがそれほど難しいのか?
理由はさまざまですが、私の経験では次の2つが最も一般的です:
- 過剰な楽観主義や、時間の感覚の甘さ
- 自信(個人的または経済的な自信)の欠如、プレッシャー、生活の不安
「できません」とお断りすることは、最も習得に苦労するスキルの1つだと思います。私自身も得意だとは正直言えず、自分への依頼を断る時は気が滅入り(目下改善中)、体に悪い時間帯に仕事をする羽目になりますが、チームを代表する立場で「できません」と断り、メンバーにも断る勇気を持たせることについてはだいぶ上達してきたと自負しています。その結果、規模の大きいプロジェクトにおいてオーディオ部門がスケジュール前に仕事を終え、質の高い成果を達成しつつ自発的でない残業を最小限にとどめ、週末は一切働かないということも珍しくありません。
これはサウンドがほかの部門よりも簡単な仕事だからでしょうか?そのような見解にAudiokineticブログの読者が賛成するはずはないと思います!私たちはほかの人よりも仕事ができるのでしょうか?とんでもありません。一緒に仕事をする人は各々の分野で一流の方たちばかりです。
自分たちが長年をかけて「できません」と断る術を身につけ、さらに大切なことに、私たちが断りそうな時はお客様側も慣れて予測してくれるまでとなっているからです。
「できません」という言葉は本質的に対立を招くため、使いにくい表現です。相手の望みを真っ向から否定するものです。このブログを読んでいらっしゃる方、特に管理職として部下たちの健全な職場を維持する責任のある方々の抵抗感をなくすために、この言葉を違う角度からとらえてみたいと思います。
ゲーム開発に携わっている私たちの多くはクリエイティブ系で、ビジネス思考の人間ではありません。創造を通して人々を幸せにできることに喜びを感じています。私たちは人を喜ばせたい性格なのです。ゲームユーザだけでなく、自分たちのクライアントや雇用主に対してもそう思っています。場合によってこの良心を悪用されることもありますが、多くのケースでは(自分の経験や観察からすると)誰かに頼まれたわけではなく、自分から「私と私の作品を好きになって」と刃に向かい身を投じ、自らの不利益を呼び起こしてしまいます。
さらにフリーランスとしてジョブからジョブへと渡り歩いてきた私たちは、脳の最も原始的な部分が経済的な不安にむしばまれています。「できない」イコール空腹と死を意味すると思い込んでいます!ところが実際に返ってくるのは「オッケー、では調整してみます」という回答です。それでも私たちの多くは相手の意識的まはた無意識の偏見により、抵抗するとそれが必ず増幅されて受け取られてしまう恵まれない生い立ちを経験し、抵抗することで差別や、悪夢のような条件や、単刀直入に解雇につながる重大な上下関係があると考えられる可能性がありました。私たちが要求を断るという選択肢に直面し、胃が痛くなる理由は沢山あります。
だからこそこのブログがみなさん全員のお役に立つことを望むと同時に、現在または未来の管理職の方々が考えるきっかけに特になって欲しいと考えています。リーダーシップとは威圧的に指示をすることではありません。人を枠内に整列させることでもありません。何よりもまずチームの士気を保ち、メンバーができるだけ長い間ベストな仕事を楽しみながら行えるようにすることです。自分より下の者に「できない」と言うことは簡単です。それはリーダーシップではありません。リーダーシップとは上に向かってそれを言うことです。
断らないとどうなるか
誰でも経験したことがあると思います。例えば・・・締め切りまであと2週間。あなたはリソース(アニメーション、最終VFX、その他)が入ってくるのを待つ間、それ以外の関連作業を済ませようと考えています。
締め切りまであと1週間。ゲームのプロデューサーと定期的に打ち合わせをしながら、デザインを完成させるためのビジュアルがいつフィックスされるのかを確認します。「明日にはできるよ。」
翌日、できていません。その次の日もできません。
作業最終日まであと4日という時、デザインや実装やテストを必要とする2週間分のビジュアルが突然流れ込んできます。締め切りは一秒たりとも変わっていません。「よろしく頼むよ」とプロデューサー。全力を尽くしてくれると本当に助かるよと言っています。
あなたは中途半端な仕事をするためにこの業界に入ったわけではありません。仲間たちを集め「数日間はちょっと大変なことになるが、ここでがんばって最高の音のゲームを世に送り出そう」と激励します。しかし大変よく知られている多くのケースで、これが何週間、何か月、場合によっては何年も続きます。あなたたちは全力を尽くします。同じような状況が何度も繰り返されます。レールガン音の特徴が曖昧でいまいちだから、という理由で結婚式に参列できなかったり、誕生会やパートナーとのデートを逃したりします。
このような事態を回避して、あなたのチームのメンタルと身体の健康を守る機会はたくさんあったはずです。すばらしいサウンドであっても売れずに忘れ去られるかもしれないゲームのために、みんなの生活時間を盗まないようにする機会があったはずです。それは理性的で機転を利かせた「できません」という先手のひとことで生まれる機会です。
「できません」を言い換える
結局のところ、これは明確な境界線を引くことで解決できる簡単な問題です。私たちが一緒に仕事をしているプロデューサーの多くは物分かりのよいすばらしい人たちですが、やはり彼らの仕事は収益を確保することです。ゲームは慈善事業ではありません。そこで私たちもこの目標を反映したかたちで断る必要があります。適切に行うことで、プロデューサーたちがあなたの代わりに先に「できません」と主張してくれるようになります。ほかの部署にまで波及するかもしれません。
損益を注視することが仕事である人たちに、私は次のような切り口から説明するようにしています:
クランチはコストが高くつき、製品の質を悪くします。私たちは製品の品質で評価されるため、クランチを許容できません。
さらに細かく説明する場合はこう言います:
効率性の悪さは高くつきます。
効率が悪い人は誰だか分かりますか?燃え尽きた人です。
効率がさらに悪くなる原因は分かりますか?不眠不休で無理な納期に挑み、仕事を辞めてしまった人の代わりを探す上司です。
よい仕事ができる人は誰だか分かりますか?週末にハイキングに行き、ぐっすり眠った人です。
健康的でない仕事をする人は誰だか分かりますか?週末も仕事を続け、コーヒーとフィレオフィッシュだけで生き延びている人です。
ほかにもコストのかかることがあります。作業を担当した人が疲れ切って憂鬱になっているため、2回のイテレーションで済むところを6回もやる時です。
キャッシュフローの悪夢になるのは何だと思いますか?
大勢の委託業者を急遽かき集めて、6週間分の仕事を2週間で仕上げようとすることです。
商品のコストを増やして質を下げたいのであれば、どうぞご自由にクランチをしてください。私のチームは遠慮したいと思います。
そして実は、なんと。これで仕事を受注できなかったことは1度もありません。もし失注したとしたら?それはそれで構いません。
聞かれないことに対して、にクライアントに長々と説明する必要はないと思います。最初の私の引用文にもあるように、私たちは契約締結前にはっきりと伝えます。「業務時間は決まっています。私たちがタイミングよく仕事をするために、リソースの納品に関する期待値があります。期待値が満たされない場合、その時点でお客様の締め切りを守ることは私たちの責任外となります。未完成の部分が残るかもしれませんし、外部協力者の手を借りるかもしれませんが(もちろん高い料金で)、外部の人間も妥当な業務時間の範囲内で仕事をします」と。私たちはゲームを制作していて、火事の現場で人を救おうとしてわけではありません。すでに多くのプロデューサーや経営陣の方々はこれを理解しているため、彼らを見下すかのように喧嘩腰でのぞむ必要は全くありません。しかし彼らも人を喜ばせたいと思っているのです。彼らも過剰な楽観主義や、不安の罠に陥ることがあります。
リマインドするだけで充分なこともあります。それだけで「できません」が伝わります。
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