サイバネティックな感動:『Black Ice』VRのオーディオ&ビジュアル

VRエクスペリエンス

・・・それでは、入ってください。

『Black Ice』は人間の記憶力のパワーとその危険性にせまる、エキサイティングでダークで映画のようにリニアに展開する仮想現実(VR)エクスペリエンスです。

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プレイヤーはリンという若い女性に依頼されて彼女の頭の中に入り込み、暗い記憶を消し去ろうとするメモリスライサー(記憶の切り取り屋)デビッドの世界を体験します。リンの記憶とは、気軽に他人に語ることのできない「殺人」の記憶です。デビッドが助けようとすればするほど、2人にとって事態は悪化します。彼は最終的に記憶こそが人間の人となりをつくることを悟ります。 

このプロジェクトは米ノースカロライナ大学芸術学部のMedia and Emerging Technology Lab(METL)が主催するImmersive Storytelling Residencyという6か月の研修プログラムの中で考案・開発されました。研修期間中にライター兼ディレクターのArif Khan、プログラマー兼インタラクションデザイナーのLawrence Yip、そしてテクニカルアーティスト兼オーディオ実装担当の私は小さなチームを組み、25分間ほどのインタラクティブなナラティブVRエクスペリエンスをつくりました。

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編集へのこだわり

どのようなストーリーを伝えたいのか、そしてどのような見た目、雰囲気、音にするのかについてチーム内で話し合いを重ねました。最終的に落ち着いたのは記憶や人となりを変えたり偽ったりすることのできる、サイバーパンク風の未来でした。ストーリーが決まりサイバネティックな未来の構想に命を吹き込もうとする時に、重要な役割を果たすのがオーディオです。音楽やアンビエンスやインタラクションに対する反応のキュー(合図)が、違和感なくワールド内に収まる必要がありました。これらの音のピースをつなぎ合わせてくれたのがWwise、そしてWwiseとUnreal Engineの統合でした。

開発期間は約4か月と短かったため、キャラクター、環境、アニメーションとモーションキャプチャー、全体的なルック&フィールなどの作業の多くは、迅速で柔軟なデザインプロセスを必要としました。

『Black Ice』VRエクスペリエンスの映像の方向性は、主にSFやサイバーパンクの影響が見られる日本の2Dアニメからインスピレーションを得ています。私たちの作品で使われているセルシェーディング、ディープブラック、そして各種カラースキームは、特にモノクロマティックやデュオトーンのカラースキームを採用したマンガのコマからヒントを得ました。 

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『Black Ice』VRエクスペリエンスには主に3つの環境があります(もともと5つありましたが、シンプルにしてストーリーを円滑に進めるために減らしました)。プレイヤーが最初に遭遇する環境(ロード画面を除く)はメモリースライサーの事務所、つまりデビッドの世界です。

メモリスライサーの事務所のカラースキームはブルーとイエローのデュオトーンで、暗くて怪しい市街地の一角の雰囲気が漂います。デビッドが仕事で使うようなテクノロジーがつまった事務所は、照明機具や配線がいたるところにあります。ブルーの明るい色調やイエローがそれを強調します。デビッドは高級なハイクラスの記憶編集屋ではなく、VRエクスペリエンスの状況が刻々と変わるため、ユーザはすぐに彼の状況を理解して空間内の居場所を把握する必要があります。

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キャラクターやノンプレイヤーキャラクター(NPC)たちに命を吹き込むべく、優れた声優たちに協力してもらいました。このVRエクスペリエンスにいるのは、プレイヤーが入り込むことができるボディ付きキャラクター(詳細は後ほど紹介します)のほか、ボディのないキャラクターや声です。その1つがプレイヤーが最初に耳にするキャラクターで、VRエクスペリエンスをユーザに説明してワールドを紹介するAIのガイドです。プレイヤーがVRエクスペリエンス中に主にプレイするキャラクターのデビッドも、カスタマイズされたハンドモデル以外は基本的にボディがありません。

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プレイヤーがすぐに出会うもう1人のキャラクターが、『Black Ice』VRエクスペリエンスの主人公リンです。リンはレオタードとレザージャケットを身に着け、この服装が彼女の性格や故郷を表しています。イエローのサイバネティックな目と優れた声優によるリンの台詞「記憶編集屋に来るのなんてはじめてだ」により、アクションの幕が上がります。 

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優れたフリーランスサウンドデザイナーのAndrew Vernon氏やAjeng Canyarasmi氏、そしてコンポーザーのUmberto氏の協力を得てサウンドデザインの目標を達成することができ、彼らは感情に訴える効果的な音楽をエクスペリエンス全体で提供してくれました。

サウンドデザインや音楽は主にサウンドデザイナーたち、コンポーザー、そしてプロデューサー(オーディオチーム)が決めました。私たちは彼らとどのようなタイプのサイバーパンクワールドにしたいのかを話し合い、この時の議論内容が彼らにとって重要な判断材料となりました。オーディオの方向性を決めるにあたり、シンセを多用したレトロな80年代のサイバーパンクを参考にするのかを検討しました。反対に、もっと未来指向でSF重視の、グランドが影響するサウンドにすることも検討しました。最終的にグランドノイズのある未来的な音の方が、今のプレイヤーベースにとって共感しやすくストーリーとも調和しやすいと感じました。『Black Ice』エクスペリエンスのオーディオ全体の構築方法に、この決定が大きく表れています。

プレイヤーが現在のシーンで自分のキャラクターが誰であるのかが分かるように、プレイヤーが「入り込む」ことができる各プレイアブルキャラクターに、さまざまなエフェクトやポジショニングやミキシングを適用しています。例えばデビッドを表現する場合は「自分の頭の中からくる声」を出します。フィルターを適用して鼻にかかった深い声にすることで、聞こえてくる声が自分の声であり、自分の場所から、自分の頭の中からくる声だとプレイヤーに感じさせます。AIキャラクターの場合も似ていますが、AIの声はデビッドのヘッドセットから発せられ、デビッドの耳に直接入ります。

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すべての声優ボイスアセットを整理するために私たちは全体の構成をWwiseで設定しました。前述の通り、このプロジェクトは高度な柔軟性を要し、先に設定した仮のサウンドエフェクトやボイスアセットを新しいものに簡単に置き換えるためには、Wwiseがぴったりのツールでした。

『Black Ice』VRエクスペリエンスの最終バージョンにそのまま実装することができなかった、実験的な要素の強いオーディオ機能が1つあります。最初の機能はプロシージャルアンビエンスです。ストーリー自体がリニアであるため、ランダムでプロシージャルに生成されるオーディオを採用してもサウンドデザインで充分活かせないと私たちは判断し、機能をカットしました。ただしこのプロシージャルシステムを部分的に取り入れたのが、記憶編集屋の事務所環境の天候(雷や雨)アンビエンスです。このシステムでWwiseのブレンドコンテナとランダムコンテナを組み合わせ、さまざまな種類の天候を作成しています。処理結果であるAKイベントの最終出力には、ポジショニングも適用しています。

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ブループリントのプロシージャルなスポーンシステムを利用してスポーンする場所やスポーンのランダム性をつくり、これらを使い天候関連のAKイベントをシーン内にスポーンさせています。最初はこのシステムをコピーして、車やサイレンが通り過ぎる音、外を歩く人の音、頭上を飛ぶホバーカーの音などの躍動感ある音をスポーンするために転用しました。ところが最終的なビルドではその大部分を縮小することになりました。

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記憶を取り除く 

第2のメイン環境は記憶編集のできる空間で、『Black Ice』のインタラクティブな内容の大半がここにあります。リンの中の世界で、彼女の潜在意識や殺人にいたるまでの体験がここで明らかになります。リンのストーリーに大きく影響する彼女自身の空間であるため、彼女の精神的な成長の過程が反映されています。彼女の記憶内は視覚的にデビッドの事務所と明確に違う色調としています。相変わらず暗い雰囲気の空間ですが、ネオングリーンで強調することでネオン輝く屋外の街灯シーンを思わせる環境で、同じサイバーパンクのジャンルに属するアニメ映画『Akira』の市街地バックグラウンドのスチルを大いに参考にしています。

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リニアなストーリーでプレイヤーが行動を起こした時の作用を検討をする中で、楽しくて斬新なインタラクティブ動作がいくつか提案されました。ユーザの動作に意味があり、ストーリーにつながると感じてもらうためにはどうしたらよいのか?インタラクティブな行動にはそれぞれ重要な音の要素があります。インタラクティブに起きる感情や感覚は、そのインタラクティブな動作のサウンドデザインと密接な関係にあります。チームの優秀なプログラマーがエンジン内にさまざまなインタラクティブ動作を作成しましたが、その1つは私たちが「入れ替わりメカニズム」と呼んでいるものです。ストーリーの流れとしてデビッドが過去の記憶に手を加えるためには、当時その場にいた人物の体の中に入る必要があります。これは『Black Ice』内にあるダイナミックポーズの周りを浮遊するオーブによって表現され、プレイヤーは先に進むためにそれを獲得しなければなりません。 

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ところで他人の中に「入り込む」音とは、一体どんなものでしょう。私たちはサウンドデザインの方向性について話し合い、サイバーパンクの世界のサイバネティックテクノロジーのテーマについて考えた結果、電気的な音とすることに決めました。ただしプレイヤーが全く別の有機生命体に入り込んでいくため、それなりに有機的な雰囲気も必要です。入れ替わる音と入れ替わりの瞬間を結び付けるために、入れ替わる相手の手や頭の周りに「インタラクティブゾーン」のようなものを付けてインタラクティブな動作を設計しました。プレイヤーの頭や手と、入れ替わる相手のポーズが一致した時に、スペーシャルサウンドのイベントがトリガーされるように「インタラクティブゾーン」をプログラミングしました。

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リンの気持ちや身体の変化を記すために、この空間をいくつかのアクティビティゾーンに分割し、それぞれに感情のテーマを設定しました。この空間を目まぐるしい速さで通過する中、リンが何を見て、聞いて、感じているのかをプレイヤーにその都度伝えるためには、サウンドデザインが重要な役割を担います。領域を「車両」ゾーン、「ネットランナー」ゾーン、そして「殺人」ゾーンに分けました。「車両」ゾーンは興奮状態を引き起こし、リンの憂鬱な気持ちの前兆となります。オーディオチームはこのゾーンで起きるアニメーションやエフェクトにインタラクティブに反応して伴奏となるような音や音楽のミックスを作成し開発しました。一時的に増加し、最後に向けて大きくなります。ほかのシーンと同様にWwiseの各種AKイベント(それぞれの特性あり)やUnreal EngineのSequencerを使い、多くの表現を実現しました。 

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「ネットランナー」ゾーンは切羽詰まって打ちのめされていく気持ちを体験する場です。オーディオの観点では多声的なテクスチャであり、何人もの話し声や怒鳴り声がすばやく重なり合うよに続きます。プレイヤーはその真っただ中に置かれ、リンの不安感に自ら参加します。最後の「殺人」ゾーンはリンの内面に迫るサスペンスに満ちた時間であり、音楽的な方向性でそれを特徴付けています。

完全に削除する

プレイヤーが次にすすむのは第3のメイン環境、記憶破壊の場です。混沌とした不安定な空間です。リンもここまでくると情緒不安定になり、デビッドにどんな手を使ってでも自分の頭の中から暗い記憶を取り除いて欲しいと半ば攻撃的に要求します。記憶破壊のビジュアル設定は、マンガに出てくるモノクロマティックやデュオトーンの破壊的な戦争シーンのイラストを参考にしています。ここでも『Akira』の影響が強く出ています。赤の色味や色調を使い危機感をかもし出し、インタラクティブなオブジェクトに黄色を使いプレイヤーの視線の向きを補完しつつ、オブジェクトがプレイヤーの眼にとまるように目立たせてインタラクティブな行動を促します。

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記憶の削除という過激な行動がどのような結果をもたらすのかはデビッドに分からず、この空間の安定性や現実世界との関連性も不明瞭です。プレイヤーが楽しみながら破壊的なパワーを振り回すこと、そして危機感や差し迫る破滅の気持ちを味わうことがこの部分の目的です。音や音楽がその意向を実直に表し、ギシギシとして機械的で、雑音の入ったむらのある音色となっています。リンの過去と現在、そして未来からくる音と声が実に無秩序なかたちで衝突し合い、アニメーションや派手なライティングで演出されています。

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まとめ

『Black Ice』VRはSXSW(サウスバイサウスウェスト)2022の映画祭で初公開されました。

このプロジェクトや制作チームについて詳しく知りたい方は私たちのサイト www.blackicevr.com をご覧ください。

Ryan Schmaltz氏、Karine Fleurima氏、Stacy Payne氏をはじめ、METLのImmersive Storytelling Residencyプログラムのみなさまのご指導に感謝しております。またこのプロジェクトの開発中にアドバイスをしてくださったメンターの方々にもお礼を申し上げます。

ダレン・ウッドランドJr.

ダレン・ウッドランドJr.

ペンシルベニア州フィラデルフィア拠点のマルチメディアデザイナー。イマーシブテクノロジー、インタラクティブメディア、サウンド、3Dなどに焦点をあてた作品を発表している。ゲーム、スペーシャルオーディオ、スペーシャルミュージック、そしてナラティブの研究を続け、アートやデザイン、デジタルメディア、サウンド、インタラクティビティの交わりを探求している。

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