Monument Valley 2の美しいサウンドの制作現場: トッド・ベイカー氏インタビュー

ゲームオーディオ / サウンドデザイン

 

 このインタビューは、 A Sound Effectに最初に掲載されました。

Monument Valley 2でUstwo Gamesが達成した心打つビジュアルと迷路のように入り組んだ建築的パズルは、今までの彼らのゲームの高水準を満たしつつ、親子の心温まる関係が育まれる様子を、カラフルで魅惑的な環境の中で実に美しく描写しています。サウンドアーティストのトッド・ベイカー(Todd Baker)氏に、ストーリーと同じくらい没入感あふれるサウンドトラックを仕上げるまでの苦労話、音楽とサウンドエフェクトの両方を手がけたワンマン・バンドとしての担当範囲、そしてゲームオーディオ業界で独立してから成功を収めるまでの秘話を聞きました。

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こんにちは、トッド。簡単な自己紹介と、Ustwoのゲームにどう貢献したかを教えてください。

Hello! 音楽やオーディオデザインの仕事を始めて10年以上になるけれど、主にゲームやインタラクティブプロジェクトに関わり、それ以外の媒体も手がけ、最近はミュージックアーティスト、バンドメンバーとしても活動しています。いくつかの大手ゲームスタジオでスタッフとして働いてから、5年ほど前にフリーランスに切り替えて、これまでにUstwo GamesMedia MoleculeTarsierThe Chinese Roomなどの素晴らしいチームと緊密に連携してきました。

Ustwoと最初に仕事をしたのが Lands End VRで、Monument Valleyのオリジナルバージョンのリリース直後でした。そこからMonument Valley 2MV2)の仕事につながり、僕が音楽とオーディオデザインを全て担当しました。

ここ数年、僕は仕事に対してアーティストとしてのアプローチを広げようと考えていて、外部委託できるコンポーザー兼サウンドデザイナーの「何でも屋さん」にとどまらず、自分が得意とするスタイル、趣味、そしてスキルセットに適したプロジェクトを積極的に探すようになりました。

Monument Valley 2では、あなたが一人でオーディオを担当して、サウンドとミュージックの両方と、ゲームへの実装も手がけましたが、具体的にどんな作業をしましたか?

主にゲームのオーディオを全面的に制作して、責任をもって立ち上げていきました。例えば、音楽やサウンドが発生するタイミングや場所、スタイルの選択やアーティストとしての判断、ブランドづくり、トレイラーミュージック、実装するためのシステムやソリューション、メモリ負荷や最適化、レコーディングのミキシングやマスタリング。たまにテンパってパニックになることも...

最近、自分の音楽デザインやオーディオデザインの考え方を説明するときに、“ホリスティックという言葉を頻繁に使うようになりました。これはインタラクティブなオーディオエクスペリエンスを全体的にとらえる、という意味だと思っていて、音楽やサウンドのデザインを別々の領域として扱うのとは違います。もちろん全てのゲームに当てはまるアプローチではないけれど、MV2にあるような美的感覚と広がりを持つプロジェクトには、この取り組み方が非常によく合っていると思います。

全てを自分でやるとマイナス面もあって、開発終盤の作業は、一人でやるにはかなりの量でした。自分にそんなキャパがあるのか、かなりギリギリのところでした。今考えると、最後の数か月はもう一人に入ってもらった方が、作業量にしてもクリエイティブな発想力にしても妥当だっただろうけれど、同時に、個人的にここまで入れ込んだゲームの最終版を見たときは感動しました。

オーディオチームの一員として作業するのが大好きだけど、MV2は、自分が得意なことを、沢山の人に届く抜群のプロジェクトで実施する最高の機会になると思ったのです。この業界にしばらくいるので、そんな機会は、すごくラッキーな人か、すごく勤勉な人にしかやってこないとをよく理解しています!

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MV2の音楽やサウンドの美的感覚につながったインスピレーションと、主な作曲ツールを教えてください。

全体のハイレベルのコンセプトとして、柔らかく余裕のある音の価値観をつくり出したくて、プレイヤーが落ち着けて、このゲームの美しさを楽しむ気になれるソニックスペースを描いていました。

音としては有機的に発展する音と電子音の中間くらいで、懐かしいようなLo-Fiテクスチャのエッジが効いています。サウンドソースが非常に色彩豊かなゲームで、例えばアコースティック演奏、音程のあるパーカッション、ナイロン弦のギター、ピアノ、ガムラン、オーケストラのテクスチャなどを多数用意し(実は母親キャラが吹くフルート楽器に使ったローホィッスルを演奏している初心者は、僕です)、それ以外にも電子・シンセ・人工オーディオもたっぷり使いましたが、常に重視したのは、できるだけ有機的でアナログ風なテクスチャにすることでした。Lands End VRのときと同じく、ニューエイジ風の音、特に電子音が多いアンビエントサウンドなどは、避けるのが大事だと思っていました。

ビビオ(Bibio のプロダクションスタイルがとても参考になっているし、スティーブ・ライヒ作品のミニマリズムや、ブライアン・イーノの初期のアンビエントミュージックなども参考にしています。ほかにも参考にしたアーティストとして、 Limbo  Insideのマーティン・スティー・アンダーソン (Martin Stig Anderson)は、先ほど言及したホリスティックなアプローチという意味で、特にあげておきたいです。実は僕が書いたUstwoのブログ記事に、具体的にどんな音楽の影響を受けたか紹介していて、ここで読めます!

Reaperがサウンドデザインで一番頼りにしているDAWで、音楽用に使う頻度も増えているけれど、それでもよくLogicに戻って音楽の作業をすることがあります。ゲーム中のどのサウンドも、次のプラグインの1つ以上に触れているはずです: Uh-e SatinXLN RC-20Valhalla Plate、そしてFabfilter Pro-Q2

ゲームの基盤となる建築的イリュージョンを、音で表現しようと努力したのですか?また、ゲームで描かれているお母さんと娘の関係は?質問を変えると、どうやってストーリーを音に変換しましたか?

僕にとって、物語を伝えるというのがプロジェクトで一番おもしろい部分です。(今はオーディオ関連のソフトとか楽器で遊ぶよりも、ずっと!)ゲームをプレイした時間に意味を持たせて、印象に残るようにするには、没入できる場所とキャラクターとストーリーを提供することだと思います。

MV2は、MV1よりはっきりしたストーリー構成に注力してくれたおかげで、お母さんと子どものジャーニーを中心としたオーディオエクスペリエンスを構成できたのがよかったです。ストーリーはシンプルだし、わりと印象派で、抽象的な手法を取り入れていますが、サウンドや音楽が力を発揮できる「スイートスポット」に本当になっていて、自由がききました。

ゲームを通して繰り返されるモチーフ的メロディーや音のテーマがあるけれど(特定の場所や大事な出来事に結びついている)、特に洗練されているとか細かく計画されていると感じてはいません。それは、Ustwoのみんなのワーキングスタイルからしてほぼ不可能でした。(次の質問で、これは詳しく聞きます!)

僕が一番力を入れたのは、プレイヤーの気持ちを支えたり、ストーリーを進んでいくジャーニーをサポートしたり、レベルを移った時の変化のバランスをとることでした。芸術的にもデザイン的にも堂々として印象派的でありたいと思ったけれど、音楽やオーディオはビジュアル面をまとめるのにも一役かったと思います。チームのみんなが開発の最終段階で言ってくれたのは、このゲームに様々なアーティストが関わって、それぞれの違ったスタイルが、アートやデザインであらわになる中、オーディオが、エクスペリエンスをまとめる接着剤のような背骨のような役割をしてくれた、ということでした。

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Ustwo Gamesの外部委託先として、あなたがスタジオとの関係で工夫したことは?

僕のオーディオセットアップは少し変わっていて、少なくとも、モバイル性が高くて作業環境を複数もっている、という意味では独特です。仕事には、自分のスタジオ(プロ用のレコーディングとモニタリング環境)、Ustwoのスタジオ、そして自宅のセットアップの3つを利用しています。

Ustwo Gamesと共同作業をするのは、ものすごくやりやすい面があります。チームが許容してくれた僕の裁量権、そして僕に対する信頼度とリスペクトとサポートは、まさに驚くレベルでした。一方、彼らの仕事の進め方は、思いつきで動くことがあり、繰り返しが多い面もあり(時にはカオス状態で体系化されていないことも!)、予測しづらかったです。例えば、開発期間18か月のうち、キャラクターやストーリーの大筋が変更されないようになったのは残りあと10週間の時点だし、アプリストアでリリースする3週間前の時点で、ゲームの最終レベルは、存在もしていない状態でした。

この自由で柔軟な環境が素晴らしい反面、体系的に整備されていなくて、デザインを早い段階で確定するのをためらう傾向があり、ディテールとニュアンスに富んだアイディアを音として表現するのが、難しかったです。秘訣は、彼らの「思いつき」行動をしっかりと受け入れることでした。ファンのみんながすごく気に入ったと教えてくれたオーディオ場面の多くは、短時間でまとめたアイディアで、頭で考えすぎる間もなく、アートワークやデザインワークで得たインスピレーションから飛び出してきたものだったりします。

Ustwoは常に、媒体の既定概念を崩してゲームを別の形で発表することに意欲的で、もっと幅広いユーザーに伝えようとしています。まさに僕のパッションと同じです。最近のポストローンチイベントの1つが、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で行ったライブセッションだったけど、僕のバンドもMV2サウンドトラックの部分アレンジを、ライブ演奏 しました。

さて、技術的な話ですが、どのオーディオエンジンを使ったのかと、スタジオのオーディオプログラマーに助けてもらったかどうかを教えてください。技術面で一番大変だったのは?

WwiseUnityと合わせて使いました。こういったプロジェクトでWwiseは必要不可欠と言っても過言ではないし、Wwise無しでは実現できなかったと思います。Wwiseは、僕が責任を果たすために必要なツールや視野を与えてくれます。

このゲームでは、テクニカルディレクターのManesh Mistryが音楽技術分野で経験があり、オーディオのための適切なサポートが必要だと主張してくれたので(Wwiseライセンスも購入してくれて)、プロジェクトにとって大きなプラスでした。Ustwoは若いスタジオだから、オーディオに対して素直に向き合ってもらえるような環境を整えようと僕たちもがんばったので、それが受け入れられてとても嬉しいです。

Unity関連では、プログラマー達がレベルをビルドするための優れたカスタムツールを作成するのに、大変な努力をして、イベントやゲームプレイのシーケンシングに使う非常にエレガントなビジュアルスクリプティングツールなどができました。これらのツールに直接、オーディオ機能を実装させたので、自分のWwiseイベントのフックやパラメータを楽にプラグインできました。

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MV2のようにビジュアル系の美しさにフォーカスしたプロジェクトでは、僕もインプリを可能な限りシンプルに維持したい主義で、Wwiseが使えるとなると、さらにその思いは強かったです。システムに関しては、オーディオを簡単に素早く実装できて、自分がクリエイティブ面に集中してコンテンツに時間をかけられるなら、多少の柔軟性やパワーが犠牲になっても構いません。

アセット制作で、どういったアプローチをとっていますか?沢山の素材をレコーディングしておいて、それをあとから最適の場面にインプリするのですか?それとも最初に作曲計画を練りながら、ゲームの様々なセクション用に仕上げるのですか?最終的に満足できるまで、大体何回くらい、やり直しますか?

決まったアプローチとか方式は本当になくて、常にプロジェクトのニーズに柔軟に対応しようと努力しています。先ほども言った通り、MV2のプロジェクトでは「思いつき」行動を受け入れることが必須だったので、反復作業をする余裕もないことが多かったです。

開発の初期段階でとてもクールなことをやったんだけど、ゲームのコンセプトミュージックのアルバムを、たった数週間で完成させました。(ちょっとした実験のつもりで、デジタル版をペンネームでリリースしてみました!)僕は、スタジオに入ってアイディアを書き出して、デザインやアートの面で出始めていた最初のコンセプトに合いそうな内容をつくりました。そのときのトラックの一部を編曲して完成したゲームに入れたし、この作業がリソースとしてもプロセスとしても、結果的に非常に役立ちました。

ダイナミックミュージックやノンリニアなサウンド構成の、成功の秘訣は何ですか?MV2はパズルベースのゲームなので、プレイヤーは同じレベルで好きなだけ過ごせて、数秒でも数十分でもそこにいられますが、同じ音楽を繰り返さないためのテクニックを教えてください。

例えば、これはMV2のあるチャンク(サブレベル)のオーディオの内訳です:

  • メインのアンビエントBGMとして、ミニマルなギターピースが1つ。
  • インタラクティブに回転するプラットフォームに、動きと連動する遊び感のあるミュージックレイヤーが添付されているほか、ジオメトリを動かすボタン2つにも、別のものが添付されています。
  • 少し時間が経つと、お母さんのキャラクターがフルートを吹き始めます。(そして、優しいキーのランダムなフレーズがトリガーされます。)
  • パズルのフェーズを1つ終えると、音楽フレーズが1つ聞こえます。
  • キャラクターの動きに合わせて鳴るゲームのナビゲーション音に、ランダム化したハングドラムの音がつきます(この音はゲームのレベルごとに合わせています)。
  • この例が、最初に言及した僕のホリスティックアプローチをうまく表していると思います。ダイジェティック(diegetic)、ノンダイジェティック(non-diegetic)、アンビエント、そしてインタラクティブといったサウンド要素が全て融合して、オーディオエクスペリエンスが形成されます。

音楽的なインタラクションを入れすぎないで、プレイヤーに一休みして遊んでほしいところに配置することが大事だと思いました。もっと控えめな音楽レイヤーのあるインタラクティブオブジェクトも沢山あって、その音調に気づくプレイヤーはほとんどいないと思うけれど、奥の深い立体的なワールドという全体感に寄与してくれることを期待します。

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モバイルゲームのオーディオデザイナー、そしてコンポーザーとして、心がけたミキシング戦略を教えてください。モバイルゲームの仕事は、ほかのプラットフォームとどう違いますか?

いつも、やりながらミキシングしていて、頻繁にレベルとレベルの具体的な比較をするほか、時々、Wwiseを使ってレベル一体をプロファイリングしながら全体のヘッドルームを確認して終始安定するようにします。

今まで数々のコンソールプロジェクトに関わってきたし、モバイルだからといって特別扱いする理由もないと思います。当然、ミキシング先はステレオで、ベストケースだとプレイヤーがヘッドフォンで聞いてくれるか、もしかしたらBluetoothでシステムに接続しているかもしれません。いつもと検討事項は変わらず、ダイナミックレンジや全体のマスターレベルは、プロジェクトのニーズに合わせたクリエイティブな判断となるべきだと思っています。最後の方でスマホやタブレットでテストしたけれど、スピーカーが驚くほど高性能になっていました。

あえて「モバイルゲーム」という別カテゴリーに分けるのに、僕は躊躇します。Monument Valleyのようなゲームに必要な配慮は、当然Candy CrushCSR Racingといったゲームとは異なります。また言うまでもなく、モバイルデバイスは、ディスプレイやコントローラに接続すれば明らかにコンソールとして使われる運命にあります。

最後に1つ。プレイヤーがヘッドフォンを差し込んでいたかどうかを(レベル完了時に)検知できるUnity Analyticsのフックを、ゲームに実際に入れることができたのです。

パンドラの箱を開けた気分でした。今度のオーディオ予算を交渉するのに全く使えないような統計結果が出てしまうかもしれない。あるいは、かっこいいSkullcandyヘッドフォンを使うオーディオ大好きユーザーたちの数に、僕たちは大喜びするのか?

ここであえて結果を発表せず、みんなに下のコメント欄に予想を書いてもらいたいと思いますが(何%の人が、ヘッドフォンでゲームをプレイしたか)、いくつかコメントが上がってきたら、答えを発表します!

トッド・ベイカーさん、Monument Valley 2のサウンドについて、詳しいお話をどうもありがとう!

 
 

アン・ソフィー・モンジョウ(ANNE-SOPHIE MONGEAU)

サウンドデザイナー

アイドス・モントリオール(Eidos Montreal)

アン・ソフィー・モンジョウ(ANNE-SOPHIE MONGEAU)

サウンドデザイナー

アイドス・モントリオール(Eidos Montreal)

アン・ソフィーは、Eidos Montrealでサウンドデザイナーとして活躍中。以前は、DIGIT Game Studios(ダブリン)のゲームオーディオエンジニア。2012年からゲーム開発に携わり、独立系からAAA級まで広範囲のタイトルのサウンドデザインやサウンドインテグレーションを経験。エジンバラ大学などで音楽を学び、あらゆる方面のプロジェクトに参加してきたアン・ソフィーは、これまでにショートフィルムやドキュメンタリー、そしてオーディオビジュアル系のインタラクティブなインスタレーションなど、リニアとインタラクティブの両方のメディアに携わる。ナレッジシェアリングに熱心な彼女は、大学生を対象に実践的なワークショップやマスタークラスを定期的に開き、ゲームオーディオのツール活用法を伝授する。

 @annesoaudio

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